Pandora's coffin-パンドラの棺-

「ア"、ぁ、グ……!」


器用で細い指先が、俺の喉を締めていた。

上手く気道だけを塞いだ親指のおかげで、1分とかからず酸欠に陥る。

だんだんと苦しさが気持ちよさにシフトしていく感触に、顔が熱くなった。


銃じゃダメなのか?


ほんの2日前の夜、俺が尋ねるとあいつは手首を振った。


五右衛門や不二子が気づいちまうだろ、そしたら計画はおじゃんだ。


煙草の煙を吸い込んだ後、俺の顔に吹きかける。

やめろよ、と煙を払う俺の腕を捕まえて口付けようと身体を近づけてくる。


痛くないようにしてやるから、な?


それがどちらに対して言っているのか、判別がつかなかった。


ボキ、とネクタイに仕込んでいたレコーダーから人の骨が折れる音がした。


それを合図に脱力して、観衆に死体を見せる。

死体役には慣れてるが、息を吹き返さないようにするのには苦労した。


数秒後、奴の手首に仕込まれていた針が喉に刺さった。


「…おやすみ、次元」


ブラックアウトしていく時に、本当に殺されてしまったかのような、カタルシスと欲情を感じていた。


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目覚めた時、俺は白い花の上に居た。

俺はその花の名前を知らず、ただ濃厚な甘い香りだけを感じる。


そこは俺用にあつらえた棺桶の中で、あいつは細い縁に腰掛けていた。

黒いジャケットの背中に、カラフルなステンドグラスの色が映っていた。


「殺した本人が喪服で来るなんて、気が触れてるぜ」

「あら、おはよ」


振り返るあいつの顔は、白いシーツの上で見るものと同じだった。


「人形と入れ替えて、早く出ようぜ」

「…一つ聞いていいか」


なぁに?と俺の頭がついたマネキンを抱きかかえる。


「俺が裏切ったら、殺すか」


あいつは苦笑いして、マネキンを棺桶の裏に横たえた。


「考えたこともないことは、わからねえよ」


白い花をつまみあげて、香りを嗅ぐ。

はぐらかされたことぐらいは分かった。

だが、俺は女のように答えを求めて騒ぐことはできない。

奴は花を捨てて、棺桶の縁に膝をかけた。


「棺桶でセックスしたこと、ある?」

花を脛で押しつぶして、俺に跨ってくる。


「…1回だけな」

「うそォ」

「お前と出会う前のことだ。いつのことだったかも思い出せねえ」

「背徳的な過去には違いないさ」


首に腕を引っかけて、早く来いとねだる。

煙草の味がする舌に味蕾を擦り付けて、生気のあるキスをする。


あの時と似ていたが、あの時感じたこととは違っていた。


『貴方に殺して欲しかった』


身勝手だと思った。ワガママだと思った。赦すしかないところに逃げるのは、ずるかった。


そうだと自分で分かっていても、最後の願いを叶えてほしい。


あの時は分からなかったあの女の心が、今は分かってしまう。


「昔のこと、思い出してるだろ」

俺の黒いネクタイを外し、棺桶の外に放り投げる。


「…どっかの誰かが俺を殺しかけたから、走馬灯が見えちまうんだよ」

「そいつはすまなかったな。代わりに白い花火でも見せてやるさ」


棺の蓋を片腕で傾け、覆い被さると同時に暗闇にしてしまう。


あいつの呼吸と、花の香りを搔き消す香水の匂いを吸い込む。


外されたボタンの下にある肌を、あいつの指が撫でる。

緩慢な愛撫などいらないと、指を絡め取ってから腰に脚を絡みつけた。


「興奮してる?やけに積極的だな」

「棺桶ってのはな、生きてる人間が入るところじゃねえ。サッサと終わらせないと、息がつまってあの世行きだぜ」


経験者が言うんだから、聞け。


ベルトを外してやり、勃起させるために扱く。

「ン、は…次元…あんまり急かすなって」


やり返されるように俺の雄も握られる。

お互い直ぐに硬くなって、息が上がった。

自分から下着を脱いで、男を知っている穴に触れる。

潤滑液が垂らされて、あいつの手が俺の指を使って擦り付けた。


「はっ、あ、ルパン…ん、グ」


指がナカに侵入し、感じやすい肉の壁を擽る。


違う、そんなもので犯して欲しいんじゃない。


「死体に優しくする必要なんて、ないだろ」

「それを言うなら、強請る死体なんて聞いたことないぜ」

「う、ア…!」


いきなり指の本数を増やされて、痛みに腰が引く。


「痛がりのくせに、虚勢張るなよ」


いつもより早く、雄が当てがわれる。

まだ挿れられたら痛い具合だと分かっていても、息を吐いて指で穴を広げた。


「そんなに挿れて欲しい?」

ぬるぬると先走りを擦り付けて焦らす。

うるせえな、と腰を自分から進めた。


「あぐ、ゥ…うぅ…」

痛みに耐えながら肩に縋り付いて呻く。


「次元、いいから」

「ッ、ウ、あ」


俺の腰が進まないように腿を掴んで、中途半端に入った雄を引き抜く。

大量の潤滑液が注ぎ込まれ、突き当たりに溜まるのを感じる。

温い感触に、身体が勝手に跳ねた。


「手間のかかる死体だぜ」


仕方なさそうに笑った後、ナカへ雄を突き刺す。

「ア、あ、あぁう…!」


肉の壁を押し開き、抉られるように受け入れる。

熱くなったあいつの腰の肉が、俺の肌に触れるまでがやけに長く感じた。


犯されている時、嫌だと思う自分と喜びに震える自分が同時に存在してしまう。

いつもこの状態に困惑して、この行為を止めようとしてしまう。


今日だけは、嫌だと拒否する自分の心を塞ぐ。


「やっぱりきついな。もう一回…」

「いいから、早く、動けよ」

 

煽るように腰を擦り付けて、痛みで萎えた雄を握る。


「息がつまっちまうからか?」


あいつが少しだけ笑って、その吐息が首筋にかかった。

俺を殺して欲しいから、などと言う言葉を、出せてしまえたら良かった。


「おしゃべりは、もういい」

暗闇で唇の位置を探って、見つけたら直ぐに口付ける。

唾液を混ぜ合わせて飲み込み、雄を咥えた穴を締め付けた。


「ン、あぅ、あッ、はぁっ」


遠慮のある律動が俺を揺らす。

痛みの中にある快楽を拾い、声にしてあいつに投げる。


「ルパ、あ、たり、ね…」

「待てって、言ってるだろ」

「あ、あッ…!ひ、うあっ、ア、ぁ、あ、んンッ」


たしなめるように言った後、息を詰めて激しく腰を動かし始めた。

思わず握った腕に爪を立ててしまうほど痛かった。

だがそれさえも気持ち良くて、雄を扱くことも止めて汗で湿る首に縋り付いた。


う、とあいつが息を呑んで動きを止める。


「ッ、あ、あ…!」


窮屈なナカで精液が跳ねるのを感じて、勝手に腰が引ける。

だが抜くには足りず、むしろ空間を作って射精を促しているようだった。


潤滑液とは違う滑りが増えて、痛みが和らいだ。

だが、あいつの雄は硬いまま俺の腹を押し広げていた。


「んは、まだまだイケそ」

「はっ、あ、この、外に出せよ…!」

「ひくつかせてるクセに、よく言うぜ」


虐めるように言って、休む間も無く腰を打ち付けられる。

ぐちゃぐちゃと卑猥な水音が、狭い空間に響いた。


「はあっ、あ、あ」

「次元…」


髪に指を通して、あいつが口付けてくる。

気持ちの良い感触に夢中になって貪っていると、長い指が喉に絡みついてきた。


ぐ、と昨日の夜と同じように気道を塞ぎ、息を継がせる暇もない程またキスを繰り返した。


「ん、ン、ッ、ゔ、ん」


暗闇の中で意識が遠のくのは、不思議な心地だった。

まるで重量が消えていくような浮遊感と息苦しさに、意識がとろけていった。

その反対に、ナカの締め付けはますます増していく。


ああ、このまま、殺してくれ。


「…ッ、カハッ!」


そう思った矢先に、突然空気が肺に流れ込み、反射的に噎せた。


げほげほと汚く咳き込み、黒い世界であいつの顔を探す。


突如、薄明かりが棺桶の中に差し込んだ。

片腕で蓋を開けたあいつが、肩で息をしながら俺のことを見ていた。


「はっ…あぶね…殺しちまうとこだったぜ」


興奮した眼が俺を射抜いて、また身体を揺らす。


「お前が言ってたのは、こういうことかよ」

「ん、ん、あ…し、閉めろよ…」


身体が離れて行ったのが恋しくて、起き上がって抱きついた。

前だけを開けたシャツの隙間から覗く肌を合わせ、体温を馴染ませる。


「あぅ…!あ、はあっ、ん、ルパ、ン…る、ぱ……!」

自分から腰を振って奥に突き当てると、白い光がチカチカと見えてくる。


「…そろそろ、だろ」

「うわっ、は、あん、ア、アッ!」


花の上にまた倒されて、乱暴なほど激しい律動に仰け反った。


イク、と伝えるより早く、身体が勝手に張り詰めた。

身体の奥から快楽が毒のように回って、痺れたかのようにビクビクと痙攣してしまう。


射精できるほど勃起していないのに、どこからこの絶頂が来ているのか。


「あ、あぅ、あ、も、ーーーーーって、くれ…!」

俺は右も左も分からないほど翻弄されて、何かを口走った。

だが、その意味は自分でも分からなかった。


「次元、今のはダメだぜ…」


ルパンが俺の顎を掴んで、追い討ちをかけるようにナカを犯した。

俺の腿に食い込んだ指が爪を立てて、肩を思い切り噛まれる。


痛いはずなのに、それさえも感じられない程の快楽に呑み込まれた。


次の瞬間、プツリと意識が途切れた。



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「こんなのは二度とごめんだぜ」


墓石に腰掛けて、俺は青い空を仰いだ。

あいつは隣の墓石を調べながら、煙草を咥えていた。


「仕方ねーだろ、今回の仕事には必要だったんだからよ」


俺だって五右衛門と不二子に散々言われて、縁まで切られるところだったんだぜと付け足す。


「殺してないって言っちまえばよかったんだ。せめて五右衛門にはよ」


風が凪いで、あいつの煙草と草の香りが鼻をくすぐる。


棺桶の中で気を飛ばしてしまった後、気がついたら教会の地下のベッドにいた。


寝ている間に、俺の葬儀は粛々と進んだらしい。


誰が来たかは聞いていない。

自分が死んだ後なんざ、想像するだけ虚しい。


「よーやくお出ましだ、会いたかったぜ〜お宝ちゃん」


そう言いながら墓石を退かして、土から何かを掘り出した。

それはバカにでかい青い宝石のついた十字架だった。


そんなもののために俺は死んだのか、と思いつつまた空を見上げて、白い雲を見る。


葬儀の後は、いつも晴れる。

皮肉なもんだった。


「腹が減った」


ふと、ここ数日ろくに食べていないことを思い出した。


「昼飯にするか。何がいい?」


この国ならソーセージとビールじゃねえかな、とあいつは十字架を布で綺麗に磨き、胸ポケットにしまった。


「…豆とベーコンがいい」


空腹を紛らわせるために煙草に火をつける。


「ならパン屋に寄って帰るか。あの角の店のバケット、好きだろ」


ん、と呻くだけの返事をして、あいつの背中を追った。

風が後ろから急に吹いて、帽子を抑える。


「ねー次元ちゃん」

「何だ」

「棺桶の中で言ったあの言葉、俺以外に言っちゃダメよ」


煙草を捨て、目を合わせずにあいつが言う。

そう言われても、何と言ったかも覚えていない。知りたくもなかった。


「……言えるかよ」


もし思い出すとしたら、それはまたお前に殺される時だろう。


その時もまた、意味を知らないままでいたい。


吸いきった煙草を土に踏みつけて、帽子を取って風を髪に梳かした。








end
















いろいろ決めかねて空白にしてしまいました。

好きなワードでお楽しみください。