今夜はミレニアム問題 解答編



夜に洗濯をした玄関マットが渇く頃、ルパンは戻ってきた。
しかし朝早かったために、俺はルパンの帰宅に気づかなかったらしい。
目覚めた時には、偽造屋で注文したパスポートが枕元に置かれ、ルパンは隣でいびきを掻いて眠っていた。
パスポートには俺の写真が貼りつけられ、日系イギリス人で就職のために日本からやってきた、というプロフィールが伺えた。
ルパンがバイトをやっておけ、という理由がそこでわかり、俺は職探しに行くことにした。
いつもの黒スーツとハットには留守番をさせ、かわりにルパンのクローゼットから適当に借りたベージュのスラックスと白いシャツを連れ立った。
街中を散歩していると、いくつかアルバイトを募集している店が見当たった。
パン屋、花屋と接客がメインの店ばかりだった。
俺にできそうなものは少なく、どうしたものかとあてもなく歩き続けた。
街の外れになってきて、レンガ造りの古本屋に張り紙があった。
『用心棒募集、詳しくは店主まで』
ここはただの本屋ではないのかと思いつつ店の中を覗くと、俺の背丈の半分もない婆さまが挨拶をした。
俺も簡素に挨拶を返して、用心棒はもう見つかったのかと尋ねた。
いいや、まだだね。近所の子どもが毎日悪戯しにきて、まいってるんだけど。
婆さまは腰も曲がり、大声で怒鳴っても迫力はなさそうだった。
「俺でよければ、雇ってくれないか? 日本から来たんだが、勤め先がなかなか決まらないんだ」
俺が言うと、婆さまは明日にでも来てくれと喜んだ。
日給は大して出せないから、私の代わりに座っているだけでいい。
気が向いたら高い場所の埃を払ってくれ。
契約を交わして、俺は明日の朝からここで働くことになった。


「へえ、次元ちゃんが本屋の店員? 想像できねえなあ」
「古本屋の店番だよ。あの婆さん、ここらじゃ古い顔らしい。あそこでうまくやれば、不審には思われないはずだ」
アジトに帰宅してすぐ、俺は勤め先が決まったことをルパンに報告した。
昼時で俺が適当に買ってきた総菜を二人で食べていた時で、ルパンは俺の話を聞くと仕事が早くて助かると続けた。
「そういや、昨日のマット洗濯してくれてありがとうね」
「ああ……」
汚してしまった玄関マットは、乾いてもう玄関先に戻っていた。わざわざそんな礼を言うなと言いたかったが、うまく言葉が出なかった。
「帰って来たら、ちゃんと抱いてやる約束だったっけ。今日の午後は暇だろ?」
ルパンはコーヒーを口にしながら、何でもないことのように口にする。
セックスはただの遊びや暇つぶしだという口ぶりが、俺は有難かった。
「仕事の話は挟むなよ」
「わかってるよ、一点集中型の次元ちゃん」
色気も愛情もない言葉が、さらに有難い。
シャワーに行ってくると、食いかけにした食事をそのままにして席を立った。

昼下がりに、カーテンを閉めた部屋の中で俺は裸になっていた。
ベッドの上で四つん這いになり、身体を揺さぶられている。
外は過ごしやすい陽気だというのに、この部屋は夏の中にある。
全身から汗が噴き出て、逆上せそうな熱を身体のナカで感じていた。
「あっ、あ、ルパン……ッ、もっと、奥……、奥に……」
性急にされた時には怖かった場所が、今は待ちかねる場所になっている。
掻きたての汗の匂いがする枕に顔を埋めたまま、気がつけば腰を揺らしていた。
「いいの? 明日、さっそく欠勤かもよ」
「あぁッ、あ……ひッ」
ルパンは笑っていたが、興奮しているらしく乱暴に奥に突き込んできた。
奥までルパンの雄が来ると、俺は言いようのない愉悦を感じた。
それから、縋りたくてたまらない気持ちになってしまう。
ルパンと何度も呼び、バックではなく正常位にして欲しいと頼む。
「俺とチューしたい?」
ルパンに縋り、キスをしたい。
その気持ちは見透かされていて、誤魔化すことも考えられず頷いた。
シーツに背中をつけて、脚を抱えてもらい俺は両腕でルパンに縋った。
ルパンが動く前に唇に吸いつき、ルパンの唾液が欲しくて舌を絡ませた。
律動は始めず、ルパンもまた俺を押し返すように舌先で俺の粘膜を愛撫してくれた。
それにさえ、絶頂後のような恍惚さを覚えていた。
「そうやって素直に愛されてりゃ、かわいいのに」
ルパンは息継ぎの狭間で言い、俺の身体に自身の雄を激しく突き込んでベッドを軋ませた。
ルパンは愛されればいい、と言う。
俺は、愛を求めているわけじゃないと返し続けている。
実際、俺がルパンに求めているものは愛じゃなかった。
俺はこの男の人ならざるところを一番に愛している。
自分の欲望だけに生きるという理念と誰のものにもならない自由さ。
突きつめて言えば、憧れに近いものを俺はこの男に持っている。
だから、愛していると言われた時には涙するほど失望した。
そんな簡単に、自由を手放してしまうのかと。
女にやるような言葉のサービスだと取ってしまえば良かったのに、ルパンがあまりに真に言うせいで、馬鹿正直にその言葉を受け取っていた。
俺は、ルパンは真に自由であって欲しい。
そのために気高く、非情であって欲しい。
俺はその邪魔をしたいとは思っていなかった。
「次元ちゃん」
「あ…あッ、あ……な、に」
「どうしてそんなに、俺に抱かれたいの?」
ルパンが突然、俺の核心を突いてくる。
どうしてと尋ねられても、俺は自分の心の中にある感情を、道筋を立てて話せる気がしなかった。
最初に、酒に酔った勢いでルパンに縋ったのは俺だ。
俺は長く生きていて、誰かに縋りたいなどと思ったことはなかった。
だがルパンという男にだけは、そういう気持ちがあった。
普段の世話や尻拭いをするのは圧倒的に俺の方なのだが、いざという時は俺など比べ物にならないほど頼りになる、生き様が逞しいこの男に縋ってみたい。
愛して欲しかったのではなく、びくともしない芯の強さを感じてみたかった。
そのために、セックスを選んでいた。
「俺のこと、愛してるんじゃないの?」
ルパンは、縋りついて喘ぎしか発さない俺に淡々と尋ねてくる。
「違う、違うんだ……」
俺は、ありふれた愛情を持っているんじゃない。
俺自身の拠り所にしているんだ。
愛という、自己を犠牲にする健気な感情とは似て非なる。
どちらかと言えば、エゴ的な信仰に近い気がする。
だが、そんなことを言ってしまえば、おかしなことになる。
「面倒くさいなあ、ほんと」
ルパンは愛しげに、俺の髪を撫でた。
言われて、普段は面倒くさい奴らだと思っている女を思う。
彼女たちは、自分の中に感情を押し込め、自分勝手に決め、相手が答えないと怒るのだ。
今の俺も、同じだった。
自分の中に感情を押し込め、自分勝手に求め、相手の答えに文句を思ってる。
「そろそろ出すよ。ゴムつけてないから、ナカね」
ナカに出すなといつも言っているのだが、ルパンは聞く気がないようだった。
そのことに怒る気持ちは本当はない。
本当は何をされたってかまわない。
処理がほんの少し、面倒なだけだ。
「は、次元……、次元ッ」
最後の律動を掛けていたルパンが俺の顎を掴み、口づけた。
その時の表情は珍しく必死さがあって、見惚れてしまった。
「出すぞ……ッ」
「あァ、ルパン……ルパン……ッ」
ルパンが言い、奥に雄を押し込んで俺の上で身震いをした。
その瞬間は俺もゾクソクと背中に走った興奮が脳に届いて、律動がなくともナカで感じるもので嬌声を上げた。
「はぁ……次元ちゃん、悪いけど、俺明日からいねえから」
俺の上に乗ったまま、抜きもせずルパンが言った。
「決行日まで別行動ってことで。寂しくなっても探すなよ」
それは仕事の話で、決行日は大体二週間後を予定していた。
「それはお前の話だろ?」
俺はふざけて煽った。
するとルパンはそうかもしれないと優しく笑い、もう一度俺にキスをした。
やけに甘くて、優しいキスで俺の心が溶けていきそうな感覚があった。
ルパンとのキスにはたまらないものがある。
テクニックがあり、熱っぽさがあり、何より翻弄されるような感触が俺を襲う。
他の人間にこんなことができるだろうかと、感動に近い感情が俺の全身を解してしまう。
ふと我に返り、俺はルパンの胸を押し返した。
「もうちっとこのままでいいんでないの?」
「お前、ナカで出しただろ。早く出さないと仕事に響く」
どいてくれと身体を押しのけ、一つから二つに戻ってトイレに向かった。
便座に腰を下ろした後、中に持ち込んだ煙草を咥える。
「溶けそうだ」
そう言いながら、ナカから自然と流れ落ちる白濁を感じていた。


翌日、俺は古本屋の奥に座っていた。
店主の婆さまが言うところによると、夕方辺りに放課後の男子学生三人組がやってきて、本の並びをめちゃくちゃにしたり、買う気もない本を拡げて騒ぎ始めるという。
夕方の四時ごろ、それらしい三人組が店に入ってきた。
だが俺を見るとぎょっとして、そそくさと出て行った。
睨んだわけでもないのだが、突然大人の男がレジの前に座っていて驚いたのだろう。
本を買いに来た近所の連中は用心棒募集の件を知っていたらしく、あの三人組のことを教えてくれた。
あの三人組は不良とまではいかないが、家に居場所がなくて商店街をウロついている。
婆さまもそれをわかっていて最初は見逃していたが、最近はまいっていたと。
悪い子たちではないから、辛くあたらないでくれ。
事情がわかり、俺は次の日にあの三人組がショーウィンドウを覗き込んだ時には軽く笑ってやった。
三人組は恐る恐る店の中に入ってきて、いつもの婆さんは?と俺に尋ねた。
「休暇だ。じきに帰ってくる」
婆さまには、俺は二週間しかいられないとすでに伝えていた。
おっさんはあの婆さんの知り合い?
「そんなところだな。あまり困らせてやるなよ、お前らの母親じゃないんだ」
話は聞いているという体で伝えると、三人組は顔を見合わせて店を後にした。
数日間、三人組は毎日この古本屋に来た。曜日は関係ない。
日曜でもやってきて、店の隅に座った。
そして古びたコミックを繰り返し読み、俺に叱られない程度にじゃれ合っていた。
当初もこんな感じだったらしいが、いつの間にかエスカレートしていたと聞く。
甘えたいという心が、剥きだしになってしまったのだろうと婆さまは言っていた。
二週間はあっという間で、その間に三人組は少し大人になれたようだった。
戻ってきた婆さまに、悪ふざけはもうやめるから、また店に来たいと言っていた。
婆さまはいつでも歓迎すると喜び、三人組に茶なんかを淹れてやっていた。
決行の日、俺は美術館の警備の仕事に向かった。
館内に潜り込むと、睡眠薬を仕込んだ機械を植木に仕込み、ルパンが盗みに入る時刻にそれを作動させた。
外部も内部も警備システムは見たことがないものばかりで戸惑ったが、抜け穴はあった。
その穴にルパンを誘導し、潜り込んでくるのをひたすらに待っていた。
『ハロー、次元ちゃん。今どこ?』
突如インカムからルパンの声がして、非常口前の警備員の待機所だと伝える。
俺は今非常口の前にいると言葉が返ってくると、俺は非常口を開けて奴を迎え入れた。
ルパンは上下とも身体にフィットするタイプの黒い仕事着姿で、ホルスターと小物を入れるウエストバックを腰に巻きつけていた。
「お前の目当ての部屋は重量センサーと赤外線、それと風の流れが変わると警報が鳴るタイプのシステムが入ってる。どうやって盗むんだ」
重量や赤外線は誤魔化せるが、風を避けることはできない。
ルパンは心配げに見ている俺を一瞥して、余裕を見せるようにウインクをした。
「簡単なこった、内側から風を止めればいい。システムにハックすればお茶の子さいさいよォ」
そう言ってシステムルームに俺を連れ立ち、風力システムを特殊なモードに変更させた。
重量センサーと赤外線は下手にいじれないシステムになっていて、その二つは諦めた。
それから目当ての宝がある部屋では赤外線を避け、天井を渡った。
猿のように逆さまにぶら下がりながら俺にブローチを見せると、すぐに戻ってきた。
仕事を終えれば後は逃げるだけで、俺とルパンは逃走用の車に乗り込んですぐに街を出た。
途中であの古本屋の前を通り過ぎ、車通りの少ない高速に乗った。
「やっぱりお前に潜り込んでもらって正解だったな。あれは初見じゃどうにもならなかった」
風力検知装置を指してルパンが話し始める。
「そいつはそうだが、お前は二週間どこに行ってたんだ?」
突然不在を言い渡されたことを思い出して尋ねると、ルパンは運転席で前方を見つめたまま少し黙った。
まさか女のところで遊んでいたわけではあるまいなと肩を突くと、そうじゃないと口を開いた。
「お前の顔見ると抱きたくなって仕方ねえから、ちょっと距離を置きたかったんだよ」
さらりととんでもないことを言ってから、懐から盗んだブローチを取り出した。
それからそのブローチを運転席側の窓から、高架下の林に向かって投げ捨ててしまった。
「もったいねえことすんなよ」
「いいんだよ。俺が本当に欲しいもんじゃねえから」
会話はそこで終わってしまい、車は大分先まで走り続けてようやく別のアジトに辿り着いた。
小さな別荘の前に車は止まったが、ルパンはパーキングにシフトを変えても車を下りる様子を見せなかった。
下りないのかと尋ねると、俺を見つめて肩を抱いた。
「お前は俺のこと、好きだろ?」
「なんだよ、藪から棒に……」
「好きかどうか聞いてんだよ」
ルパンは怒ったように俺に尋ねた。
「嫌いじゃない」
俺の口からは少し捻くれた答えが出てしまったが、ルパンはそれには怒らなかった。
「俺を困らせてる自覚はあんの?」
少し疲れたような様子で違う問いを投げかけられる。
俺がルパンを困らせている。
思い当たるところはあって、知らないフリはできなかった。
「……ある」
素直に答えると、軽くキスをされた。
軽くついばむ程度のキスで、そのままの距離でルパンは離れようとしなかった。
「俺はさ、最初にお前が俺に縋ってくれた時、嬉しかったぜ。お前を愛してる時も、嬉しいと思った。それなのにお前さんは愛は要らないなんて突っぱねんだもん。まいったぜ」
「それは、悪かった」
「ほんとによォ。俺はこんなに愛してんのに、お前もお前で自分勝手だよな」
ルパンの答えを聞いた時、俺は重大な間違いを起こしていることに気がついた。
俺は、人ならざるルパンという男が好きだった。
だが、実際この男は俺と同じ人間なのだ。
勝手に理想を押しつけて、違うとダダをこねられては誰しも困るものだ。
俺はこの男の眩しさにあてられて、現実を見ていなかったと、目が覚める思いがした。
「さあ、俺は言ったぜ。今度は次元ちゃんの番」
ルパンは俺の頬に口づけ、視線が合うように俺に顔を向けさせた。
逃がさないという決意と、何を言われるのだろうかという不安がその目に見えた。
「……俺は、お前のことを勘違いしてただけなんだ」
「勘違い?」
「人の心があると思ってなかったんだ」
「ひっでえなァ。ちゃんとあるっての」
「だから、悪かったって言ってるだろ。そんなに怒るなよ」
「ならきちんと言ってくれよ。俺と結婚すんの? しないの?」
「待て、話が飛んでねえか」
俺は会話の軌道があらぬ方向に行っていると気づき、一度離れようとした。
だが、ルパンは俺が座っていた助手席を倒し、覆い被さってきた。
「んふふ、今度はお前が困る番ってこと。一回二回じゃ済まさねえからな」
それくらいしてもいい仕打ちだったと、根に持つ男は俺のネクタイに手を掛ける。
「そういう奴だったのか、お前」
からかうように笑い、脱がされるままにルパンを見る。
今度は、真にお前の裸を見よう。
そんな気持ちになりながら、俺はルパンのネクタイに手を掛けた。
 
 
Q.E.D
 
あとがき
なぜセフレスタートからだとルバザの愛を拒否するのか?

A.セックスしたから愛しているという発想が凡庸過ぎるとルバザに失望しているから。ルパン三世に最も近い男が故に、心根では最もルバザに理想を抱いているのでそう思ってしまう。
大介の理想のルバザはセックスをしようが何をしようが誰も真には愛さない、人間臭さを排除したルバザ。
でもそんなこと言ったら自分がめちゃくちゃルバザのこと好き(信仰並み)だとバレてしまうので言えない。
実際ルバザからの愛は俗物的で失望だけど嬉しくないと言ったら嘘なので結局付き合う。
セフレスタートでなければ、ルバザにも人間のとしての愛があると理解した上でセックスに至るのでこんな事にはならない。
こんなことにはならない!!!!
 
と、私は当初思っていたのですが、みなさまの回答予想を見て「え!?!?!?見たいんだが??!?!?!?書いてくださらない??????」と大興奮させていただいた次第でございます。
るじに正解はないというか、何が正解と決めること自体野暮なんだな……と悟りも開けたような気がします。
本当にみなみな様、ご参加ありがとうございました!
私の回答は決して正解じゃないので、「こういうのもあるのか」と料理屋のメニューを見るくらいのスタンスで読んでいただけましたら幸いです。
 
2021.07.12 5塚