今夜はミレニアム問題 問題編


女嫌いは、男が好きだからか?
昔の仲間がそう言って俺をからかった。
パブの中はざわめきに満ちていて、隣の男の言葉を聞き取れたのは俺だけだった。
「男はもっと好きじゃない……が、女ほど面倒臭くないのは確かだな」
クラフトビールの旨味が薄まったのを感じながら否定の言葉を返す。
隣にいる男も女が好きなタイプで、女房がいる。
俺の言葉にそれは共感できるなと頷き、薄味のチップスを摘まんだ。
お前の相棒に聞けばいいじゃないか。女の理解の仕方とやらを。
「あいつはただの病気だからな。病気の奴に聞いたってうわ言を聞くのと同じだ」
とかなんとか言って、あの男とべったりらしいじゃねえか。噂が立ってるぜ。
「ただの仕事仲間さ。ところで、警備員のバイトを紹介してくれねえか。市街のど真ん中にある、あの美術館の」
話を本筋に戻しながら、俺はいくらかの札をカウンターテーブルの裏に貼りつけた。
丁度良かったな。今一人空きが出てるんだ。今度紹介してやるよ。
グラスを持っていた手がさりげなくズボンのポケットから名刺サイズのメモ紙を出し、同じように貼りつけた。
情報屋からものを買うついでに呑んでいただけの俺は、メモだけを懐に入れて立ち上がる。
昔の仲間とはいえ、それ以上話を続けるほど俺も暇ではなかった。
ルパンに、なるべく早く帰って来るようにと急かされて部屋を出て来ている。
もう行くのかと、ビール一杯で帰ろうとする男を引き留める。
「あんたと噂が立っても困るからな。上さんによろしく」
情報屋の男はそいつもそうだと笑い、ビールの瓶を振って別れを告げた。


「で、潜り込めそうなのか?」
「ん……一人ならって、話だった」
「じゃあお前さんに頼むとするかね。お前が中から手引きしてくれれば、一番やりやすいし」
「はぁ、う……ッ、ルパン」
「ん? なに?」
「今しなきゃいけないか、その話」
俺は自分が下半身を丸出しにしている状態に耐えかねて、目前の男の顔を見た。俺の尻に指を突っ込んでいた男は、今更か? という顔で俺を見返す。
「今しておきたいんだよね。俺様この後、用事あっからさあ」
「なら仕事の話だけ先に済ませてくれよ。同時にじゃどっちにも気が散る」
俺が情報収集から戻ってすぐ、ルパンは玄関で俺を待っていた。そして俺が仕事の報告をする前に、壁へ俺を押しつけた。それから人に指を突っ込みながら、仕事の話をしてきたのだった。
「うーん……、悪ィけど無理だわ。飛ばさない程度にしておくから聞くだけ聞いといて」
「うあッ、そこ、叩くなッ……」
「弱いねェ、ここ」
俺の目の前にはルパンが立っている。
俺は脚を開いた状態で立っていて、ルパンの手の平が股座に被さっている。
人差し指と中指が前立腺を叩くと、快楽が俺の力を抜き、呼吸だけを早めていく。
「解れたし、そろそろ挿れていい?」
ルパンが言いながら昂った雄を俺の雄に擦りつけてくる。
俺も前は完全に勃起していて、挿入されてもかまわない身体と心になっていた。
「ゴム、つけろよ」
「んは、お前からそれ言われんのすっげぇ興奮する」
「そいつはよかったな」
ルパンは懐から出した避妊具を手早く装着して、俺を壁に挟んで持ち上げた。
俺自身の体重と重力であっという間に雄を根本まで飲み込み、ナカを圧迫される気持ちよさに天を仰ぐ。
「次元、ちゃんと聞いておいてよ?」
俺の顔を見てルパンが釘を刺す。
これだけしておいて気を逸らさせるなど、一種の拷問だった。
「今回の仕事は、簡単に見えてそうじゃないんだよ。何の変哲もない美術館に見えっけど、実は最新セキュリティの実験場でもあるんだ。のこのこ入ってきた雑魚は姿焼きにされるって話だぜ」
「ッ、あ、あぐッ、……バカ、奥、当てんな……って」
ルパンは語りながら俺を揺さぶり始める。
それだけならまだ耐えられるが、奥に届きやすい体位だからか容赦なく腹の裏を叩かれ、それに意識を強奪されそうになる。
「警備員も身元を念入りに洗われる。そこんとこは俺様がなんとかしておくから、適当にバイトでもやってここら辺の人間に馴染んでおいてくれ。わかったか?」
「ッ、あぅ、あッ、んん……」
「返事は?」
容赦なく人を犯しながらルパンは聞き返した。
俺は言葉を出そうにも身体がそうさせない状況で、こくこくと頷くしかなかった。
「頼むぜ」
「うわッ、あ、何……ひぃッ」
突然、ルパンが俺の前立腺目掛けて雄を突き込む。
反射的に穴を締めてしまい、そのせいでルパンの雄に自ら食いつくようになる。
「次元ちゃん、やっぱりガンマンだよなあ。一つの事にしか夢中になれないんだ」
「あっ、あぁッ、る、ぱ……ッ、あぁァ!」
腹の下でルパンの硬くなった雄が行き来しているのを感じながら、また天井を仰ぐ。
逃げ場を探しているのだが、俺に羽根がないばかりに上へは逃げられない。
ルパンの首に抱き着きながら、繋がった部分から余ったローションが滴るのを感じるばかりで、どうしようもなかった。
気持ちよくて、たまらない。そう口にしそうで、怖いほどだった。
「次元……帰って来たら、ちゃんと抱いてやるよ」
腹の奥が、突然重く締めつけられるような感覚に襲われる。
同時にひくひくと穴の縁が震え、ルパンの肩に顔を埋めて呻くだけの声を出した。
ナカが絶頂を起こしたのだと気づいたと同時に、ナカで満ちていた雄がびくびくと震えているのも気がついた。
そしてわずかに、飛沫がかかる感触も。
「あ、わり。破けてたみたいだわ」
「んんッ……ん…は……嘘つけ、穴開けてたんだろ」
「あら、お見通しだった?」
「これで三回目だ、気づかないバカがいるか」
雄を抜かれて身体を下ろし、玄関マットの上に足をつくと湿っていた。
腿の内側を伝う精液も滑り落ちて、いずれマットの上に辿りつく。
俺はルパンの首に縋っていたままで、離せなかった。
ナカで出されたものを、ルパンがその体勢のまま掻き出していたからだった。
「なぁ……」
「ん? もうちょっとで終わるよ」
「違う。さっきのバーで、言われたんだよ。噂が立ってるって」
「なんの?」
「俺とお前がデキてるんじゃないかって」
「はは、そうなんだ」
ルパンは寛げたスラックスのフロントを整えながらただ笑う。
「他人事だな」
「だって次元ちゃんが言ったんじゃん。俺とセックスするのは女相手より楽だからって。あれ、俺はまだ怒ってんのよ? 遊びです、なんてさぁ」
顎を掴まれ、下顎の方の髭の生え際を撫でられる。
それから軽いキスをして、ベルトが巻きついたままの俺のスラックスを拾い上げた。
「女は面倒くさいとか言うけど、お前が一番面倒くさいんだぜ。素直に愛されりゃあいいのに」
「別に、俺は女より面倒くさくないだろ。お前に愛を求めてるわけじゃねえ」
それを受け取りながら、壁に背中をつけて乱れた息を沈めるために深く呼吸を繰り返す。
ルパンは灰色の目で俺をじっと見つめた後に、もう一度俺にキスをした。
「明日の朝には戻って来るから、マットの洗濯よろしく」
そしてほんの少しだけ唇を離しただけの距離で、別れの挨拶を口にする。
何か言いたいことがあるなら言えよと思ったが、ルパンはそれを伝える前に玄関から夜の世界へ降りて行った。


呆れてものも言えない。
俺はそんな気分で、次元を抱いた感触のある身体で夜道を歩いていた。
仕事の下調べで、夜の警備がどんなものか様子を窺いに来たのだ。
道中で屋上から美術館を見下ろせそうなビルを見つけ、非常階段から侵入した。
街のど真ん中に宮殿のごとくそびえ立っている美術館は、ライトアップされていた。
イルミネーションともいえる電球は、よくよく見れば警報器のセンサーらしい。
俺の頭の中の片方は、視覚で捉えられる限りのセキュリティを読み取っていたが、その片方では次元の態度を思い出していた。
『お前に愛を求めてるわけじゃねえ』
次元はそっけない言葉を俺に吐き捨てていた。
しかもこれは初めてでも何でもない。少なくとも五回は聞いた。
女をしばらく抱いてない。人の温もりを忘れてしまった。それだけのことだ。お前のことは信用しているから、だから。
記憶が遡り、最初にあいつが俺に縋り、身体の関係を持った夜のことを思い出す。
俺はすっかり、次元が俺を愛しているのだとばかり思っていた。
答えてやれるだけの情が俺にもあった。
しかし実際はセックスフレンドに俺を選んだに過ぎなかったらしい。
俺もそこで気づいたのだが、セックスフレンドというものを初めて自分で作っていた。
女とはよく遊ぶが、一夜か、よくても数週間だ。
それでもその間は、かりそめでもその女のことは愛していた。
友人のようなものだとも思ったことはない。
次元のことは、友人のようなものだと思ったことがある。
つまるところ、友人の延長線上にセックスを乗っけたことはなかった。
そして俺は、セックスを乗せたならその軌道を変えたかった。
次元はまったくそう思っていないらしいが。
「あら、ちゃんと人間も巡回してるのか。賢いねえ」
なんでもかんでも機械に頼ってはいけない。
機械には人間にない盲点があるからだ。
双眼鏡を構えて警備員の名札を注視する。
名前が読み取れれば、双眼鏡は外してしまう。
一度だけ、次元にセックスの最中に心から愛していると言ったことがある。
他の誰より大切で、他の男とは寝て欲しくない。そう思っていると。
その時の反応を思い出す。突然俺が死んでしまったと思っているかのような、深い悲しみの表情を見せた。
悲しみは表情から溢れ出て、雨になって顔を濡らしていた。
そして一言、違うと答えた。
なにが違うのかと尋ねたが、結局それから先は次元からのキスに塞がれて聞けなかった。
その後もセックスは続いている。
ただ惰性のようなもので、先ほどのようにお互いの身体を消費すればそれでいいという行為だ。
やはり俺としては、違うという答えの先を知って、軌道を変えたい。
そのための計算式も、答えも、今の俺にはまだ想像さえできない。
「スコットはこの解き方がわかるか? わかったら、百万ドルは払ってやるぜ」
遥か彼方で黙々と仕事をしている無関係な人間に独り言を言い、次元の身元を偽るために偽造屋へ足を運んだ。




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