カメレオンの色

ファーストを見たよ。
主従加減が最高ですよ。
ご飯が進むね。






俺も人間であるから、恋の一つくらいはしたことがある。
ルパンという男は人間かどうかも不明なくせに、いつも愛やら恋に明け暮れている。
いつだか俺は尋ねてみたことがある。
女を愛していなければ死んでしまうのかと。
奴はまさにデートのための身支度を整えていた。
女は思い出を作ってくれる。
それをコレクションしているだけさ。
驚くほど誠実さのない答えだった。
奴に言わせれば女は趣味だ。
そんなものを趣味でやるなんて酔狂だと俺は返したが、俺の言葉は聞かれないまま玄関のドアにぶつかって消えた。

今日も奴は趣味に没頭していた。
先日に大きな仕事を熟して懐がうんと暖かいことをいいことに、女に宝石やら服やらを買い与えて、あいつ自身もハイブランドの私服を買い込んでいた。
アジトじゃ着もしない服は、クローゼットを圧迫していた。
俺は運動不足の解消として、夜に散歩へ出ることくらいしか趣味がなかった。
酒と煙草と、銃のパーツ。
いくら買い込んでも、何かを満たすには難しい。
ルパンとも最近ろくに会っていない。
俺はふと、一人で旅行にでも行こうかと考えた。
射撃場がある程度あって、飯がうまく、景色の綺麗なところがよかった。
ニューカレドニアという島国があると知り、ここがいいと感じた。
ルパンのいない部屋でそう決めて、翌日にはアジトを出た。
多少の金と偽造パスポートさえあれば他には何も要らず、予約を取ったホテルも居心地が良かった。
ここは小島がほとんどで、夜になれば静かで星もよく見える場所だった。
ルパンが一緒ならばもっと居心地が良かっただろうが、あいつは今頃趣味を楽しんでいる。
俺も銃とルパン以外の趣味を見つけてもいいかもしれない。
そう考えていた。
翌朝、唯一あった射撃場で腕を慣れさせる程度に遊んだ。
マグナム以外のオートマチックやマシンガンなんかもあった。
撃てばある程度は楽しいが、動かない的は退屈だ。
店の者に頼んで、適当にフリスビーを投げさせた。
ロゴの文字だけを撃ち抜く遊びをしていれば、選手か何かかと囃し立てられた。
褒められれば気分はよくなる。
だが、ルパンに褒められた時のような、俺に腕が生えていることを感謝するような深いものではなかった。
その夜、レストランに入って夕食を取った。
この国はもともとフランス領で、かつて政治犯が流刑に処された地らしい。
メニューはフレンチばかりで、ルパンが好みそうなものばかりだった。
そして日本人の大量移民も過去にあったらしく、どう見てもラテン顔のシェフが日本人の血のよしみと言って酒をサービスしてくれた。
俺はすっかり居心地が良くなってしまい、一週間は滞在した。
ルパンから連絡はなく、忘れられているのかもしれないと不安になった。
しかしもともと忘れられかけていたようなものだった。
旅行に行くと残した書き置きも、読んでいないかもしれない。
それほど、ルパンはあの趣味に夢中なはずだ。
俺は、奴のように仕事の他に趣味が欲しくなっていた。
そうすれば、いつ帰るとも知れぬ男を待つだけの生活にも彩りが出る。
ふと、海へ潜ってみようかと考えた。
ホテルのプライベートビーチがあり、熱帯魚なんかも豊富に見られると聞いた。
アジトでインテリアとして熱帯魚を飼うことがあり、今までは餌をやるだけで興味はなかった。
しかし、海で実物を見るとその魅力にはまる者も多いと聞く。
うまくいけば、趣味にできるかもしれなかった。

翌朝、予定通りビーチに向かった。
時間が早いこともあり、人の姿はなかった。
近場で買ったシュノーケルも手にして、気ままに魚なんかを見てみた。
だが、体に染みついた無防備への危機感が拭えず、すぐにやめた。
熱帯魚の色は鮮やかだったが、特段魅力を感じなかった。
趣味には向かないと思い、海から上がってホテルへ戻った。
海の潮で髪と髭が軋んでしまうのも不快で、念入りにシャワーを浴びた。
その後は街へ行き、趣味になりそうなものを探した。
ルパンのように女をナンパしようかとも考えたが、歯の浮くような台詞を言うのも、しつこく女を口説くのも性に合わず、できなかった。
波際の見えるカフェのテラスで、ぼんやりと満ちていく潮を見るだけだった。
居心地の良いこの島にも、段々と飽きてきていた。
気晴らし程度にはなったと自分を慰め、夕方には荷物をまとめるためにホテルへ戻った。
その道すがら、後ろから誰かが走ってくるのを感じた。
殺気を含むもので、俺は癖でマグナムを握りしめ振り返った。
長い夕焼けの向こうから、見覚えのあるグリーンのジャケットを捉えた。
「このバカ!」
見間違いようもなく、それはルパンだった。
いつから走っていたのか、汗が顎からしたたり落ちている。
「いきなり人を罵倒するなよ」
銃を戻し、俺は追われているのかと尋ねた。
ルパンは無言で俺の胸ぐらを掴み、そのままホテルまで引きずった。
「うわっ」
そして部屋に入ると、ベッドに俺を放り投げた。
「何だよ……」
ずっと掴まれていた胸ぐらから息苦しさが消え、咳き込みながら身体を起こした。
「それはこっちの台詞だ。何だって黙って消えた」
ルパンは怒っているらしかった。
その証拠に、眉が眉間の方に寄せられ、口元もへの字に歪んでいる。
「書き置きは残しただろ?」
「旅行に行ってくるってやつか? あんなの書き置きのうちに入らねえよ。せめて行先くらい書けってんだ」
ルパンはベッドの傍に立ち、俺を見下ろしていた。
俺には、なぜそこまで奴が怒りを表すのかがわからなかった。
自分は奴にとって透明人間もいいところで、気にしているとも感じられなかった。
「それについては……謝るけどよ。探しに来るだなんて思わないだろ」
お前は女に夢中だったから、とつけ足す。
恐る恐る上目に見ると、奴は更に怒っていた。
「俺が女にフラれたら慰めるのもお前の仕事のうちだろ」
そして、とんでもなく自分勝手な理由を苛立ちながら話す。
俺としては、そんなことは仕事のうちじゃない。
奴の趣味に俺は関係ないはずだ。
「お前、それは勝手が過ぎるぜ。自分の機嫌くらい自分で面倒見ろよ」
「あ?」
俺の言葉は口答えと捉えられた。
グリーンの袖がまた俺の胸ぐらを掴んだ。
ベッドから上半身が浮き上がり、息苦しい。
暴君なのはいつものことだが、今回ばかりは俺に非はない。
離せと抵抗したが、握り込まれた拳の甲に血管が浮き出ていて距離を取ることは叶わなかった。
「ッ……怒り過ぎだ、お前らしくもねえ」
なだめようと抵抗を緩めて訴えたが、ルパンは怒りを抑えなかった。
ぎりぎりと音が立つほど俺のジャケットの襟を握り締めて、睨んでいる。
「次元、反省するか、もう一辺口答えするか好きな方を選ばせてやるぜ」
「反省って何のことだよ。わかんねえよ」
俺はつい聞き返してしまった。
それほどに、この男の心理が読めなかった。
「ルパン……」
縋るように名前を呼ぶくらいしか、今の俺にはやりようがない。
ルパンは黒い目で俺を睨みながら、かるく揺さぶり始めた。
「お前、ペットが逃げ出したらどう思う? 捕まえて怒るだろ? 外の世界なんか見なくていいってよ」
言葉を聞いて、俺は自分に思いのほか人権がないことに気がついた。
この男の相棒なんて呼ばれているが、実際はそれよりも立ち位置は低い。
この男の中で、俺はそうだった。
常人なら怒るだろう。もっと人扱いをしてくれと。
俺はただ、自分の座っている位置を理解した他、不快感はなかった。
実際、俺とルパンはそういう関係に等しかった。
「もう一回だけ聞いてやる。反省するか、それとも口答えするか」
理解をしてルパンを見ると、その怒りも自然なものに思えた。
仮に、ルパン以外の人間に、愛した女であろうとこんな扱いをされたとすれば、俺は全力で抵抗するだろう。
バカにするなと怒り、手も出るかもしれない。
「……もうしねえから、許してくれよ」
怒りも暴力も抵抗もないのは、この男が人間でないような気が、俺にはするからかもしれない。
「次から気をつけろよ。そうじゃねえと家に繋ぐぜ」
ルパンは言葉とともに、俺の服を離した。
いきなり力が消えて、俺はベッドに落ちた。
そしてまた咳き込んでしまう。
さほど絞められているわけでもなかったのに、俺も緊張をして息を忘れていたのかと思った。
「ルパン……」
呼吸が落ち着いた後、俺はベッドに片膝をつけて乗っていた男に呼びかける。
ルパンは今にもこの部屋から立ち去りそうに見えた。
それを引き止めるために、名前を呼んだ。
一文字の口は何も言う気配がなかった。
「船、もう出てねえから……お前がベッドで寝ればいい」
俺はソファーにする、と業務じみた言葉を続けた。
「こいつはダブルだろ?」
返ってきた音は、ともに眠ろうと言っていた。
ルパンの身体はそのまま俺の隣に倒れてきて、靴を脱いだだけで背を向けて寝転んだ。
俺も起き上がる理由がなく、その背中を見るように身体を直した。
普段巻きつけている女の香りはせず、ただひたすらに汗と男の身体の匂いがした。
女がこの男の趣味なら、俺はこの男の何だろうかと思う。
どんな暴論も聞いてしまうのは犬だろうか。
それとも下僕だろうか。
だが友人の時も、相棒の時もある。
虐げられているとは、驚くほどに思わない。
俺は一体、何者としてこの男の目に映っているのだろうか。
ペットと例えられたが、そうなると俺は愛玩用か。
いや、ルパンという男がそんな情緒を持ち合わせているとも思わない。
振り向いてくれと声をかけることはできず、さりげなく額をジャケットの背中につけた。

この男の何であるか。
その問いかけは、俺を夢中にさせた。