隣人の犬

盗みの時も、そうでない時も、次元の昔の仲間に遭遇することはままある。

奴がかつてアメリカを中心に手広く殺しの仕事をしていて、その上決まった主人を持たないタイプであったことも相まってのことだろう。

仕事の手際がよく、無愛想なところはあっても意地の悪い性格ではないところが過去の仲間にも良い印象を残しているらしい。

そして誰よりも銃を使いこなす恐ろしさを知ってのことか、次元がいるとわかればその手強さが敵方の仲間に伝わることもあった。

昔馴染みが多いことに、俺としてもデメリットはなかった。

 

次元、次元大介。俺を覚えているか?

次元と俺が酒場のカウンターでひっそりと酒を酌み交わしている時、黒いジャケットの肩を見知らぬ男が叩いた。

次元は少し考えた後、その男の名前を呼んだ。

何年ぶりだと次元から口にしてから、俺を知り合いに軽く紹介した。

聞いても忘れるような名前で、俺はナンパに行くから好きなだけ話せばいいと隣を立った。

田舎町の酒場には大してイイ女は見当たらなかったが、肉付きの良い、店の看板娘だけは俺の目を引いた。

彼女も俺を気に入ってくれたらしく、レジの前で金を揃えるふりをしながら会話を始める。

ふと少し離れたカウンターに目をやると、知り合いの男が次元の肩を抱いていた。

いやらしい仕草ではなく、友達同士でやるような、乱暴ささえある掴み方だった。

次元はそれに嫌な顔をせず、顔の近いまま、薄い唇で返事を口にしている。

看板娘が、あの人は少し怖い人なのよ、と知り合いの男を見て俺に耳打ちをする。

俺が追い出してやろうか?と返すと、娘は後が怖いからいいわと苦く笑った。

静かに飲んでくれるから何も言わないけど、この街のギャングの一員なの。

あんな人と仲良くしているなんて、あなたのお友達も悪い人?

確かにそうかも知れない、と俺は笑って濁した。

昔は少しヤンチャだったかもな、と適当な言葉を足して、店の親父が俺を睨み始めたので彼女から離れた。

それからはカウンターの死角になる隅のテーブルで、時折次元の方を眺めた。

何杯もウイスキーを飲み干し、昔話に花を咲かせて笑っていた。

相手の男が何かジョークを言ったらしく、珍しく大笑いをしていた。

腹を抱えるような素振りをして、男の肩にもたれ掛かった。

頭を肩の先に擦りつけて、身体を一方に押し倒す。

ただそれだけの仕草が、まるで男のモノであるかのような姿に見えた。

ジンの辛さが、やけに喉に染みつくようだった。

 

小一時間して、酒場が閉店を迎えた。

会計のほとんどは次元が飲んだ分で、払ったのも俺、千鳥足の奴の肩を支えたのも俺だった。

「飲み過ぎだぜ、さすがによ」

フィアットの助手席に放り込み、俺も運転席に乗り込んでから声をかけた。

次元は呻いた後、座席を倒して手の甲で顔を覆った。

「わり……お前がいたから、油断した」

何かあれば、お前が何とかしてくれると思った。

そんなことを言いながら、少し荒くなった息を落ち着かせようと深く呼吸をする。

熱いのかネクタイも緩めて、また呻く。

「おかげでこっちはナンパしそこねたぜ。あーあ、あの娘うまそうだっなあ」

「やめといて正解だぜ、あの女の親父はおっかねえから……」

くつくつと笑い、靴まで脱ぎだす。

まだベッドじゃないと言ってやりたがったが、それも諦めてアクセルを踏んだ。

 

部屋に着く頃には、次元は完全に寝ていた。

ぐうぐうと寝息まで立てて、いくら肩を揺すっても起きない。

信頼してくれるのはいいが、世話を焼かせるなと思いながら腕を掴み、肩に抱えた。

二つに分かれた寝室の一方に連れて行き、ベッドに寝かせてやった。

靴は車の助手席に放りっぱなしだったが、後で自分で取りにいかせればいい。

仲間とはいえ重い男を運んだことと、女にありつけなかったことに若干苛立ちながらキッチンにあったワインを開けた。

一人で自慰をするほど溜まってはおらず、酒で適当に気持ちを静める。

ほろ酔いになってきた頃、眠気を覚えて目蓋を閉じる。

暗闇の中で、揺れるような感覚を味わっていると先ほどの情景が浮かんできた。

若く、はちきれんばかりの女の胸。

口にした酒の氷。

次元が、黒い背中を丸めて誰かにもたれる姿。

喉が焼けるような辛さ。

自分の感情が動いたことに、ふと気づく。

男とはいえ、相棒である人間が不用意に他人へ気を許すのが気に入らなかったのだろう。

冷静にそう考え、目を開いた。

明るい蛍光灯の光が目を刺し、俺も寝てしまおうとそのまま自分の寝室へ入った。

 

 

ルパンと同じアパートに住んでいた頃、俺に仕事の依頼が来た。

それははるか昔に仕事のしたことがあるマフィアの男で、今は後継者を巡って抗争中らしかった。

俺はその助っ人役に呼ばれたらしく、特段ルパンとの仕事もなかったために、直ぐに返事を出した。

明日にも向かう、なるべく前金がいい。

そして返事の手紙を待たないまま、着の身着のまま玄関へ向かった。

「しばらく留守にするぜ」

「ええ? バイト?」

ダラダラとしていたルパンが、ソファーから顔を出す。

「そんなところだ。終わったら連絡する」

「あ、そ。気ィつけてな」

ルパンはソファーの背に隠れ、手のひらだけを俺に見せて別れの挨拶をする。

友達でもあろうものならもう少し心配するものだろうが、俺たちはそう言った手合いのものじゃない。

一人で発つ時と変わらない空気のまま、立ち去った。

 

向かったのはヨーロッパのとある首都だった。

俺の依頼人はアメリカ人だったが、何でも親父がここでシマを大きくしていったらしい。

そして親父の時代は寿命であとわずかとなり、兄弟で椅子取りゲームを始めた。

俺の雇い主である顔なじみの男は、昔からカリスマ性のある男で、頭もキレた。

いかつくて金髪、空のように青い目だったが、どこかルパンに似ている男だった。

奴と決定的に違うところを言うのなら、女より金が大事で、金が恋人であるところだろう。

奴の事務所に呼ばれ、俺はボストンバッグいっぱいの金を持たされた。

「いくら何でも気前が良すぎるんじゃないのか?」

なるべく前金で欲しいとは言ったが、いささか過剰だった。

俺が訝しんで尋ねると、奴は安過ぎるくらいだと返した。

お前は博打でいうイカサマみたいなもんだ。

絶対に勝てるとわかっているなら、いくらでも賭けていい。

そう言ってギラギラした目を俺に向ける。

俺はこういう人間が、わりと好ましい方だった。

思い切りが良くて、細かいことで目くじらを立てない。

だが、誰よりも攻撃性を秘めていて、目的に突っ走ろうとするタイプだ。

雷と言ったら平凡かもしれないが、本当にそう思う。

だから、ルパンという男も好きだった。

口にしたこともない、今後口にすることもないが、思いは明確だった。

男は明日から手伝ってもらうことは山ほどあると言って、挨拶代わりに酒を俺に勧めた。

よく眠れる程度にしておくと、一杯だけを付き合った。

 

翌日、俺は敵陣の関係や、根城やシノギにしている稼業、その他もろもろを教えられた。

敵は兄弟とは言っても、実際に血の繋がりなんてものはないらしく、見つけ次第息の音を止めろと命を受けた。

殺しはしばらくしていなかった、と俺はふと考えた。

それはルパンがそういうのを好まないタイプというだけ理由で、俺自身は殺さないほうが若干はいい程度のものだ。

俺は後戻りなどできないほど人を殺し過ぎた。

そのことについては、とっくに心は死んでいた。

兄弟は4人いるらしく、俺達が奴らを狙うように、奴らもまた俺達を狙ってきた。

俺の主となっている男は人員的にもテリトリー的にも断然に優位で、いつ刺客が現れても余裕を見せ、俺によくこう言った。

本物の銃ってモノを教えてやれ。

俺は常にそれに答え、子どもの弓矢のように当てずっぽうに撃たれる敵方の銃を不憫に思った。

 

数日後、俺は輩と別の気配があることに気がついた。

主の男と車で移動している時だった。

車の後部座席はスモークをかけられ、かつ防弾仕様であったため、その時だけは俺は助手席で昼寝を許されていた。

どこからか視線を感じ、スナイパーかと思い目を凝らした。

雑踏の中でこちらを見るものがないか、帽子と前髪の隙間からこちらも殺気を放つ。

しばらくして、人の流れの切れ間に、見覚えのある赤いジャケットを見つけた。

それは紛れもなくルパンで、頑張ってるか?と言わんばかりに邪気のない視線を向けている。

俺はそれが現実として受け止められず、二秒ほど目を瞑った。

そして次に目を開けると、赤い影は消えていた。

信号が変わって車も動き始め、俺一人だけが静かに茫然とした。

そしてハッとして、窓を開けて後ろを伺う。

どこにもルパンの影は見えなかった。

幻覚にしては、あまりにも鮮明だった。

だが、奴が俺を追って来るとは思えなかった。

興味があるか、あるいは何か得がない限りは行動しない性格だ。

俺は、自分の気が確かなのかどうかを疑うしかなかった。

 

 

観光客のひしめく通りで、俺は一台の車を待っていた。

真っ黒な車は予想通り、信号の手前で停車した。

観光地なために長く待たされる信号は都合良く、反対岸の信号を待つ人に紛れてその車をしばらく眺めた。

助手席には黒い帽子を被った男が、呑気に昼寝をしていた。

その飄々とした風貌には似合わない重厚な車内で、俺といる時のように俯いてうたた寝をしている。

だが、ほんの数秒でぴくりとその頭が動いた。

そしてゆっくりと歩道の方へ視線をやり、自分を見るものが誰か探っている。

まるで番犬で、自分の隣にいる時よりもそれらしく感じた。

人の往来の隙間から、次元は俺を見つけた。

驚いたらしく、丸い目が少し覗いた。

俺は敵意がないことを示すために、薄く微笑んだ。

そして、このまま声をかけられる前に次のスポットへ移動しておこうと立ち去った。

 

次元が留守にすると言ってすぐ、俺は奴を追いかけた。

理由は、奴とは相棒を組んで久しいが、俺以外の奴と組んでいる姿をほとんど見たことがないのを思い出したからだ。

きっかけは酒場で昔の知り合いとじゃれる姿を見たからだろう。

昔の知り合いにはよく会うが、次元自身の過去のことはとんと知らない。

俺と今を暮らし始めてからの顔は知っているが、それ以前の顔を知らない。

俺以外の隣にいて、どんな顔をするのかも。

ふと、興味が沸いた。それだけの理由だった。

万が一奴に理由を問われたとして、心配だったとでも言っておけばいいだろう。

それくらいの軽さで、俺は次元の仕事ぶりを観察し始めた。

 

次元はよく、深い夜に金髪の男の後ろを歩いていた。

欧米人に比べてかなり華奢な背格好で、気配もわざと薄めているのだろう。

男の影そのものになるように、かつ死角ができないようにぴったりとくっついていて、そこまでくると亡霊に近かった。

思い出したように現れる敵があれば、即座に銃を抜いて心臓を射止める。

俺と仕事をする時にもその俊敏さは現れるが、命を仕留めることだけを頭に残すと、銃口の素早さも段違いだった。

そして手下達が死体を片付ける姿さえ見ず、また亡霊のように男の後ろをついて歩く。

 

二週間程度で、敵対しているほとんどの人間は潰れてしまった。

最後の仕上げだと、ボスの男が街外れにある屋敷に次元を連れ立って乗り込んだ。

花火大会のように屋敷からフラッシュが瞬き、腹の底に響くような音が辺りを揺らす。

数時間して、金の亡者という主はご機嫌な様子でトランクを抱えて出てきた。

おそらく屋敷に残っていた金だったのだろう。

そして車に乗り込み、ねぐらへ帰ろうという様子を見せた。

しかし次元は、主が乗り込んだにも関わらず、黒煙を上げる屋敷を背に動かなかった。

その様子をマンションの屋上から眺めていた俺も、その様子を不思議に思い双眼鏡を向けた。

『契約終了だ』

次元は確かにそう口を動かした。

ボスの男は車から出てきて、トランクを次元へ差し出した。

次元は銃を腰に戻し、トランクの取っ手を掴もうと右手を伸ばした。

その瞬間に、ボスの男がトランクを次元の腹へ蹴り上げた。

不意を突かれた奴は反撃しきれず、撃ち返したものの手下共に囲まれてしまった。

「あーらら、一体どうしたってんだ?」

突然の仲間割れに首を傾げていると、ボスの男が次元に銃を捨てさせた。

そして飼い犬にするように次元のネクタイを掴み上げ引きずった。

みぞおちをやられたのか、ぐったりと膝を折って次元は抵抗をしなかった。

ボスが何と言っているのかは、奴の後頭部しか見えないせいでわからなかった。

わかったのは、俺の喉の奥が、また焼けるように辛くなったことだけだった。

 

男が王座を手に入れれば、俺の仕事はそれで終わりの筈だった。

しかし、奴は俺を手放すのが惜しくなったと言って、何を思ったのか俺に首輪をつけた。

シャツの襟もとに隠れる程度の、爆弾つきの革製のチョーカーだ。

首と身体がサヨナラをするほどのものではないらしいが、こんな場所をぶっ飛ばされれば死は免れない。

男いわく、俺がいさえすれば怖いものはない、らしい。

さすがにそれは買い被りが過ぎると言いたかったが、奴はすっかりその気だった。

跡を継いだシマでさえロクにまとめきれていないくせに、新たな領地を見つけようと躍起になっていた。

遺産が思いのほか多かったのが余程嬉しかったらしい。

ルパンならば、手に入れた成果に喜びはしても逆上せ上ったりなどせず、夜が明ければけろりと忘れてしまう。それがどんなに幸いなことだったかと、俺は憂いてしまった。

たとえ人を見る目がないとからかわれようと、バカにされようと、俺はルパンに助けを乞おうとした。

だが通信手段はまるでなく、外に出る時以外は部屋に軟禁されている状態ではやりようがなかった。

男も俺が背中から撃つようなタイプでないのを知っているからか、不用心に俺を警護につけた。

命の手綱を握られ、俺の特性も知られ、やり難かった。

いつでも脱走できるようにと気を張っていたが、なかなかそのチャンスは訪れなかった。

 

とある日、拠点である街からほんの少し先にある街へ、男は侵略へ赴いた。

俺はいつもの通り、首元に息苦しさを覚えながら連れられて行った。

降りしきる銃弾と雨は強く、いっそ男が流れ弾にでも当たってくれはしないものかと祈りつつアジトに乗り込んだ。

侵略を受ける側だった男は中国系で、金ならやるから命は助けてくれ、と懇願していた。

俺は丸越しの相手を見て銃を腰に戻したが、金髪の男が取り巻き達に始末させていた。

いつまでこの生活が続くのか、心底嫌になっていた。

俺は出向く先以外では銃を持つことも、部屋を出ることも許されていなかった。

だが、許されれば自分の意思で金髪の男の部屋を訪ねることはできた。

何度も解放してくれと頼んだが、聞いてはもらえない。

それでも俺が諦めていないことを伝えるために、度々そうしていた。

その時の奴は搔き集めた金の帳簿をつけていたらしく、俺が部屋に入ってきたのを見てテーブルから顔を上げた。

「昔のよしみだと思って付き合ってやったが、そろそろ限界だ」

俺が話しかけると、男はつれないことを言うな、とテーブルに視線を戻す。

欲しいものがあるなら何でも言え、女が欲しいなら連れてきてやる。

そう言葉をつけ足した。

俺は話ができないのを感じながら、テーブルに尻を乗せて奴の仕事を邪魔した。

「今ここでこいつが爆発すれば、お前さんもひとたまりもないだろうな」

襟ぐりを掴んでこちら側に寄せると、男はケラケラと笑い始めた。

多少の怪我はするかもしれないが、道連れにはできないと。

怒るな、お前はいい持ち物なんだと続け、奴は俺をからかって頬に軽いキスをした。

瞬間、俺の頭の血管が切れた。

体格こそ俺の方が劣っていたが、腕っぷしなら多少の自信がある。

たとえ首を飛ばされようと噛みついてやると殴り飛ばした。

男は椅子から転げ落ちたが、すぐに体勢を立て直して俺に掴みかかる。

俺は、奴の胸ポケットにある爆弾のリモコンを奪おうと手を伸ばした。

だが腕のリーチが足りず、俺よりも数倍太い手で二の腕を掴まれた。

銃さえあれば、こんな男は数秒で片が付くというのに。

俺は藻掻きながら殴り返したが、騒ぎを聞いて駆けつけた手下達に多勢に無勢と取り押さえられた。

数人がかりで床に押しつけられ、息さえままならなくなる。

ボスの男が顔の血を拭い、俺の前に立った。

忘れていた、お前は束縛を嫌うタイプだったな。

そんなことを言いながら、俺の髪を掴んで上を向かせた。

俺はお前に敵意はないし、昔のよしみだ。

殺さないでおいてやるが、今は誰が主人かはしっかり覚えておけ。

思い上がった言葉を聞かされた後は、俺は部屋から連れ出された。

その後軟禁されていた寝室に戻され、荷物のように放り込まれた。

口の端を切っていたが、拭くものもなく袖で拭った。

そして沸いたアドレナリンが落ち着く頃、ベッドに横たわった。

人間というものは、武器を手に入れるとどうしてか気が大きくなる。

膨らんだ優越感で、他人を思い通りにしたがるが、やり口が下手で嫌になる。

ルパンという男にもそういう気はあったが、不快にならないほどの豪快さがあった。

不用意に俺を縛りつけることもなく、力の持ち方というものを得ていた。

同じ人間でも、あいつはやはり立っている場所が違う。

こんな場所に俺を閉じ込めている男より、よっぽど高い場所にいる。

俺はルパンが恋しくなった。

だがSOSを伝える手立てを知らず、ふて寝のように目蓋を閉じた。

 

 

外で次元を目にしたのは、久しぶりだった。

おそらくボスの男に噛みついたのだろう、口の端に小さなかさぶたの跡をつけていた。

その日は雨が降っていて、ボスの男が女遊びに出向くところのようだった。

次元に傘を差させ、場末のバーレスクに入っていく。

俺は車の中からそれを見届けた。

そろそろ助けてやろうかとも思ったが、今一つ、俺が見たいものが見れていない気がして行動に至らないでいた。

さすがに命が危なくなれば別だが、悪も不出来な街では次元の命を脅かせるような敵もなく、飼い殺しているボスも次元の腕は惜しいようで目立った乱暴もしない。

次元も何か脅されているのだろうが、抵抗する意欲も薄い。

ぬるい、とだけ雨の中思うだけだった。

変装をして俺も中へ入ると、地下に大きなステージが見えた。

薄汚れたカーペットの貼られた階段を降りると、マフィアの団体が中心を陣取っていた。

他の客もちらほらといたが、奴らを目にしてそそくさと出て行く。

それに紛れて、劇場の端へ行き次元が見える位置に座った。

肉付きのいい女達がコメディー風のダンスを踊りながら、チップを求めてボスや次元にアピールをする。

次元は興味なさげに俯き、長い脚を組んで前に放り、ポケットに両手を突っ込んで煙草を吸っているだけだった。

ボスの男はそれが気に入らなかったのか、次元の顎を金の指輪で着飾った手ですくい上げ、見ろと促した。

次元の少し覗いた目に感情はなく、ひどく気だるげにしただけだった。

再び喉元が辛くなるような感覚を得て、俺は薄く不味い酒を喉に流した。

ショーは2時間ほどして、終演となった。

ボスの男が気に入った娘を2~3人ほど舞台から下ろさせ、派手で過激な衣装のまま連れて行く。

次元もだるそうに立ち上がり、その後ろに続いた。

お前にも一人くれてやる、とボスが上機嫌に言いながら劇場を去る。

ああいう女達は次元のタイプではないと思ったが、珍しく次元は一番後ろにいた女の腕を掴んだ。

そして車に乗り込み、人形の住むような生気のない家に戻って行った。

 

軟禁用の部屋で踊り子の女が服を脱ごうとした時、それを止めた。

着たままの方が好きな人?と女は笑ったが、俺は笑みの一つも返さなかった。

悪いが相手をしてやるつもりはないんだ、と付け足し、何も聞かずにこれを出してくれと、部屋にあった本を千切って作った手紙を見せる。

女は、ラブレターは自分で渡すべきよと腰まで伸びたブルネットの髪を直し始める。

女は気づかないふりをしているが、自分がスパイになるのは御免だと察知しているらしい。

もし俺がルパンであったなら、適当に抱いて言うこと聞かせてしまうだろうが、それができたら苦労はしない。

俺が困っていると、女は突然笑い始めた。

もっと怖い人かと思ったら、貴方って奥手なだけなのね。

手伝ってあげてもいいけど、切手代ぐらいはもらわないと。

女がそう言うので、今は手持ちが少ないと素直に伝える。

だが、ここから出られさえすれば、この街を出て遠く離れたブロードウェイで職を探せるくらいの金はすぐに用意できる。

頼む、と女の青い目を見て伝える。

女はいいわ、と胸のパッドの下に手紙を挟んだ。

俺は女がやけに素直に俺の頼みを聞いたことが、いささか不安に思えた。

もしかすれば、このままボスの部屋に直行して手紙を配達するつもりかもしれない。

そういえば噂で聞いたことがあるんだけど、と女から話し始める。

貴方って世界一のガンマンなんでしょう、どうしてこんなまどろっこしいことをするの。

あんな男一発で撃ち殺せちゃうでしょ?

女はそう続け、衣装を脱いで手下たちが持って来た派手なバッグから普段着に着替え始めた。

俺は何も言わずネクタイを解き、シャツのボタンを外して自分の首を見せた。

嫌だ、あの男ってそういう趣味だったのね。

ああ、俺には似合わないだろう。

俺もそう言って笑うと、女は似合うわよとウインクをした。

シャツにジーンズの短パンに着替えた女は、その手に携帯電話を持っていた。

手紙なんて古過ぎるわ、今どきは電話で伝えるのよ。

そんなことを言い、白い携帯電話を俺に渡す。

履歴が残るぞと伝えると、あいつらが探し当てる前に消してしまえばいいという言葉が返ってくる。

一か八かで選んだ女だったが、俺は運がいいらしい。

これも女の計算のうちでないことを祈りながら、番号を押し始めた。

それから、女とイチャついていたとからかわれることのないように、首元のボタンを締め切った。

 

 

寝床に戻る頃、俺の携帯が鳴った。

この番号を知っているのは不二子か、五ェ門か、次元くらいのものだ。

表示されたのは知らない番号だったが、通話ボタンを押してみた。

『ルパンか、悪いが助けに来てくれ』

「次元じゃねえの。どったの?」

ずっと見ていたことを隠し、いつものように呑気な返事をする。

『位置はGPSで探してくれ、ここ数日軟禁されてる。理由は後で詳しく話す』

簡潔に言い、あちらから通話を切った。

たった十五秒の会話だった。

おそらく、今日連れ込んだ女の携帯からだろう。

意外とやるね、と独り言をつぶやいてから緩めた靴紐を直す。

今日こそは面白いものを見せてくれるだろうとを期待しながら、車へ向かった。

 

道中、あまりに早く着きすぎると不自然かと思い、俺はなるべく車をゆっくり走らせた。

一応、次元のいる街とは距離のある場所にいたが、本気を出せば小一時間で着いてしまう。

ゆったり走れば2時間という道のりで、雨は止み始めていた。

雨が完全に止む頃、俺は次元が閉じ込められている人形の家に辿り着いた。

どこに次元がいるかも、今まで見ていたおかげで大体の位置は掴めている。

裏口から手下を適当にのして、地下の窓のない部屋に着いた。

鍵が幾重にも掛けられていたが、なんてことのない南京錠で解くのには1分もかからなかった。

「お待ちどう様、ルパン三世のショーの時間だぜ」

ドアを開けると、次元は女に絡まれている最中だった。

帽子まで取られているマヌケな姿を笑うと、焦って女から離れる。

「なあんだ、見せられるのは俺様の方?」

「ふざけんな、さっさと逃げるぞ」

帽子を拾い上げ、銃がないのか無意味に腰の辺りを直す。

「丸腰か?」

「あいつにオンナを取られた。取り返せるか?」

「寝取るなら俺様大得意よ」

先にその子を逃がしてやれよと、まだ若く、肉付きのいい女にウインクをする。

次元は黙って、女に来いと促した。

それから一度外へ出て、彼女に国外に出られるだけの金と偽造のパスポートを持たせてタクシーに乗せてやった。

そして、次元がいなくなったことで騒ぎになっている屋敷へ舞い戻った。

ボスは手駒が自分から逃げたとわかり、喚きながら車に乗り込む最中だった。

そんな中、手下達が歩み寄ってくる俺たちを見つけた。

ボスの男は気付くなり、次元と叫んだ。

「俺のオンナを返してくれ」

次元はそう言っただけだった。

あれだけ好きなように扱われて怒っているものだと思ったが、意外と落ち着きがある。

ああいう扱いに慣れている、という風にも見えた。

ボスの男はお前が戻るというなら返す、と自信あり気に言った。

「ルパン、お前のオンナを貸してくれ」

「扱えるか? さっきの子だって持て余してたくせに」

「ゴチャゴチャ言うんじゃねえよ」

俺の懐から勝手に銃を奪い、スライドを引く。

そして真っすぐにボスの男の額を狙った。

ぞろりと手下達がマシンガンを持ったが、やめろとボスの男が声を荒げた。

次元の銃の腕を知っているのなら、当たる確率は誰が一番高いのか、知って然るべきというものだろう。

そして懐から、マグナムを取り出す。

返してやるから、撃つな。

ボスの男がそう言い、部下に持たせて次元に近づけさせる。

そして次元がその手に銃を取ろうとした時、突如として敵方のマシンガンが火を噴いた。

餌にされた部下の男は背中を撃たれ、銃を取りこぼす。

次元は予想していたと言わんばかりに地に落ちる前のマグナムを取り、俺と共に横へ逃げるのに合わせて何発か撃ち返した。

「くだらねえな」

そう独り言ち、俺の車へと走る。

「本当にくだらねえ」

車に乗ってなお、次元は独り言を言い続けた。

「ぼやくのもいいけどさ、さっさと片してくれよ。俺様もう眠いんだよね」

結局、俺は面白いものが見られず飽きていた。

さっさと帰り、眠ってから新しい玩具を探したい。

そんな気分だった。

国外へ続くハイウェイでカーチェイスをしながら、何発か撃ち放って次元が追手を仕留める音を聞く。

突如、次元!と誰かが叫ぶ声が聞こえた。

バックミラーを見ると、ボスである男が高級車の運転席に見えた。

お前だけは潰したくなかったが、この際仕方がない。

どうだ、今なら何事もなく俺のところに戻してやる。

そんなことを喚きながら、手には小さなリモコンのようなものを持っている。

「何アレ」

「ああ、俺の首についてる爆弾のスイッチだ」

「お前ね、それ真っ先に言うべきじゃない?」

見せろ、と助手席から乗り出しているのをベルトを掴んで引き戻した。

俺はアクセルを踏んだまま、次元にハンドルを握らせて首元のボタンを外していく。

首には黒い革のチョーカーが巻かれ、ペンダントトップは機械仕掛けのものだった。

筋肉こそついているが、細い首元にそのアクセサリーは思いの外似合っていて、俺は燃えるような辛さを喉全体で感じた。

同時に、今この男は俺でなく、他人のモノである、という感覚が胸を貫いた。

「難しいか?」

「……いいや、簡単さ。てか、これ玩具だぜ。中身はただの時計だよ」

ペンダントトップをねじり切り中をこじ開けてみせると、次元は盛大に舌打ちをした。

そしてペンダントを俺から奪い、また助手席から身を乗り出す。

「いくらでも礼はしてやる」

相当頭にきたらしく、次元はマグナムを連射し始めた。

反動が車にも伝わるほど、ありったけの弾を車に浴びせ、男が慄いて車を停めても、弾が届かなくなるまで、運転席を狙い続けた。

しばらくして静寂になり、するりと助手席に腰を戻した。

「クソ、ふざけやがって」

そして首に巻き付いたチョーカーを、うざったそうに外そうとする。

だが余程しっかり巻き付けられてしまったらしく、外れない。

「跡になるぜ。後で俺が外してやるよ」

躍起になっている手を俺が抑えてやれば、我に返って力を緩めた。

「悪い、手間を掛けさせた」

急にしおらくなって、俯く。

「ふはは、本当になあ。お前の知り合いってどうしてああロクなのがいないかね。人を見る目がないんじゃねーの?」

茶化してみたが、図星に刺さってしまったらしく何も返事は返ってこない。

「まあ、俺達のいる世界ってのはそういうもんだし、気にすんなよ」

慰めるように言うと、そっぽを向いてしまった。

外を見れば夜は少しずつ明け始めていて、東に光が見える

「寝てていいぜ。ホテルに着いたら起こしてやるから」

シェンゲン圏であったおかげで、国境を超えるのもフリーだった。

安心しろとつけ加えてやると、何も言わず目を閉じた。

 

 

ルパンに起こされた時には、すっかり昼だった。

目の前にあったのは平凡なビジネスホテルで、俺はようやく一息つけると肩に圧し掛かる疲労を思い出した。

奴らが追って来るとは思えなかったが、万が一に備えて部屋を分けず、ツインルームを選んだ。

部屋に入ってすぐ、俺はルパンにチョーカーを外して欲しいと頼んだ。

自分でカミソリを使ってやるのはいささか不安でそう言ったのだが、ルパンは休んだらなと言ってソファーに座ってしまった。

「頼む、窮屈で仕方ねえよ」

迷惑をかけているのは承知だったが、これで最後だともう一度頼んでみる。

ルパンはだるそうに俺からカミソリを受け取った。

「似合ってるぜ、すごく。外しちまうのがもったいねえな」

「嫌味はやめろ。似合うか、こんなもん」

「本当に似合ってるって。つーより、お前って人のモノになると急に色っぽくなるんだよなァ」

するりと首筋を撫でられて、俺は寒気がする。

「……もういい」

こいつに頼んだのが間違いだったと気づいて、俺は離れようとした。

だが、背中にいつの間にか回っていた手に阻まれて敵わなかった。

「おいおい、逃げるなよ。首掻き切っちまっても知らないぜ」

そして顔剃り用の、一本刃のカミソリからキャップを外した。

「動くなよ」

首とチョーカーの隙間に、刃が滑り込む。

俺は息を止め、天井を見上げた。

ザクザクと革が切れていく音がした後、ふっと首が軽くなる。

ようやく解放されたと安堵でため息を吐いた。

それと同時に、首筋に湿った唇が当たった。

 

 

10

次元の首に巻き付いた黒い革のチョーカーは、女の下着のような色っぽさがあった。

そういう相手として次元を見たことはなかったが、俺が感じるのはそういうもので、外してくれと言われると少し意地悪がしたくなった。

そのうち焦れて去ろうとするのもそれっぽいと思いながら、安いカミソリで革を切った。

擦れて、帯状についた赤い跡を見た時には、思わず口づけていた。

「ッ……」

何をされたのかわからず、驚いている次元を見て、俺も我に返った。

「あー……悪い、ここんとこ女日照りでさァ」

なるべくふざけた声で言うと、次元はすぐに自分のシャツのボタンをすべて締め切った。

「いや、俺も付き合わせて悪かった。ここまで来れば充分だ、お前の好きなところへ行っていい」

次元の言葉は棘立っていない分、心から俺を突き放していた。

だが俺は喉に灼熱の感触があるのを、抑えずにはいられない。

人のモノであることがよく似合うこの男は、同時に自分のモノにしたくなる欲も持たせるらしい。

通りで、俺と組んでいると相手方も知りながら、ぽつぽつと単独の仕事が絶えないわけだと、初めて理由を知った。

最初からこの男は俺の相棒、俺のモノであった分、気づくのが遅れたらしい。

「そ~言われてもね、ナンパにはちょっと時間が早過ぎるんだよな」

次元は変な空気になってしまい居たたまれないのだろうが、俺としては今の雰囲気のままの方が面白いものが見られそうで、逃したくはない。

「シャワーでも浴びて寝ちまうわ。あ、お前の方が先か?」

先に入れと次元が言い、ソファーから立つ。

そして寝室に向かい、着の身着のままベッドへ寝転んだ。

てっきり出て行くかと思ったが、軟禁された後では疲れが勝ったのだろう。

俺は狭苦しいユニットバスに向かって、シャワーを浴びた。

喉の熱が絶えないのを感じつつ、俺自身もどうしたらいいものかと考えあぐねた。

人のモノになっているお前に興奮すると素直に言ったら撃たれて逃げられかねない。

しかし、この興奮を一人で解消する術も見つからなかった。

なるようにしてみるか、とシャワーの蛇口を捻って止めた。

 

バスローブ姿で部屋に戻ると、次元はすでに眠っていた。

その向かいに座り、煙草に火をつけて顔を眺める。

首元は毛布に隠して見えなかったが、顔は外に出していた。

明るい場所で、かつこんなに間近に顔を見るのは久しぶりだった。

この男が出て行き、俺が暇つぶしにそれを追いかけ始めたのも、もう何週間も前だろう。

男の肩にもたれ掛かる背中を見さえしなければ、こうはならなかった。

きっと、次元が助けてくれと言ったのを心底面倒に思いながら助けに行き、翌日には女を探しに行く。

普段通りの行動に移れたはずだ。

そう考えながら白い息を吐くと、次元は身体を反対側に向けて背を丸めた。

眠っているのかと思ったが、どうやら寝たふりらしい。

「次元ちゃんさあ、そろそろ昔なじみと仕事すんの、やめたら? 今回でいい勉強になったろ」

ついでにシカトも決め込んだらしく、俺の言葉には何の返事もしない。

「今回は助けに行ったけどよ、次に似たようなことがあっても助けに行ってやんないぜ」

一文にもならないことは、俺様は死ぬほど嫌いなんだ。

責めるように続けるが、何も言わない。

だが、自分が悪いと知って素知らぬ振りができるタイプではないのは、俺が誰よりも知っている。

「俺様にタダで助けてもらおうだなんて、都合が良すぎるんじゃねえの? 女ともなーんか約束してよ、最低でも3万ドルって何の話?」

次元の脱走に協力した女が、別れ際に言った言葉も蒸し返す。

すると、次元の背中が急に丸まった。

「……わかったから、今は寝かせてくれ」

根負けして、口を開く。

俺は煙草が終わったのを灰皿に擦りつけてから、次元の方のベッドへ腰を下ろし直した。

「ダメだね。今すぐお前にお返ししてもらわないと、気が済まない」

「今も何も、俺は何も持ってない」

「何も持ってなくても、約束はできるぜ」

「本当に、お前も友達がいのない奴だな」

俺が容赦なく詰めてくるのを感じて、心底疲れた様子でそう言った。

「当たり前だろ。俺様、お前のこと友達だなんて思ったことないからな」

少し笑い、二本目の煙草に火をつける。

「まずは、今度から勝手に一人で仕事をしないって約束だ。どうしてもって言うんなら、最後まで自分で何とかしろよ。俺様は仏と違って三度も許す顔はないからな」

「わかってる」

「ああそれと、俺様のお願いを一つ聞いてもらうぜ」

「好きにしろ」

ぶっきらぼうに言い、俺から距離を取るように移動する。

それを、肩を掴んで止めた。

「さっきの首の跡、もう一回見せて」

「……もう少しマシなもんはないのかよ」

「ないねえ」

問答無用で毛布を剥ぎ、シャツのボタンに手を掛ける。

二つ外せば、首元にできた太い線の跡はくっきりと見える。

「お前、どうかしてるんじゃないのか?」

次元はまだ戸惑っていて、逃げたいと言ったそぶりで顔を背けた。

「どうしてそう思うわけ?」

質問を質問で返してやれば、眉をひそめた。

「普通は、男の首の傷なんて見たがるのは変態だけだって言ってんだ」

「へえ、そうなんだ。知らなかったね」

言いながら鎖骨の辺りから指を滑らせ、跡にそって撫でる。

やはり、至極この男に似合う跡だった。

首輪のようにも見えるし、情事の跡にも見える。

喉が渇くように張りつき、唾を飲んだ。

「おい、ベタベタ、触んな」

「はは、感じる?」

「ふざけんな、気色悪いんだよ」

確かに、仲間と言えど急所を触られるのはいいものではないだろう。

「一文無しのくせに俺様に助けてもらったのは誰だっけ?」

お前に文句を言う権利があるのか?という意味を込めて言うと、次元は黙った。

だが怒っているらしく、顔が少しばかり赤くなり目も睨むように歪んでくる。

もう少しで噛みつく、といった様子だった。

「しょうがねえなあ、これくらいにしといてやるよ」

手を離し、薬は塗っておいた方がいいと付け足しておく。

わざとらしく咳払いをして、次元は横向きに寝直した。

「お前はそういう癖さえなけりゃいいのによ」

ぽつりと呟き、目蓋を閉じる。

俺のこういう癖がなければ、自分は今もまだあのつまらない男の手の内だったのを、知らないからこそ出る言葉だった。

俺が言葉を返すことはなく、燃え尽きた煙草の吸いさしを灰皿に押し付けただけだった。

 

 

 

end