的外れな声を出すなら

Guess wrong vibes


安ホテルの空気から、麝香に似た性の匂いがしている。

薄く開いたカーテンの隙間からはネオンと車のライトが流れ、夜の光と暗闇が交差していた。


「あ、あ、あっ、はぁッ…」


それがクラブのカラースポットライトのように、コマ送りにした二人の裸の影を壁に写している。

上に乗っていた影をベッドに引き倒し、横向きにした男の身体を攻め始めた。


「ん、ふッ、はぁっ、あ、ルパン…」


古く年季の入ったベッドを揺らし続ける。

それに呼応するように、汗の湿気に濡れた黒髪の一房一房が揺れていた。


「あっ、ア、んン…あ、あ、はっ…あ…ァ」


汗で滑る肌を擦り合わせて律動を繰り返す途中、次元が媚びるような声を上げ始めた。


「ルパンッ……あっ、あっ、ぁあ、は…んぁ、あ、アッ…!」

 

「やけに喘ぐなあ。今夜はそんなに感じる?」


力の抜けた硬い内腿を掴み上げ、正面に身体が来るように体勢を変える。

腹につくほど脚を折り曲げ、音が立つほど腰の肉を打ち付ければ嬌声がわざとらしく早くなった。


「る、ぱ、あっ、あっあぅ、ひ、ぁッ、んッ、あっ、あっ、はぁっ、あぁっ…!」


おまけに首にまで縋り付いて、まるで俺に聞かせるように耳へ舌を這わせながら声を間近に漏らす。


重厚で甘いこいつの声が上擦って、熱のこもった呼吸が耳をくすぐるが、ゾッとしない。

そんな安っぽい媚びた囁きは、腐るほど女に聞かされたものだった。


「あッ、あ、あぅッ、ん…いい、るぱん…」

「次元ちゃんさぁ……」


背中に爪を立てていた腕を払い、両腕の手首をシーツに縫い付けた。

快楽で甘く煮られた赤い頬と、潤みを含んだ鳶色の目が俺を見上げる。

その顔は褒められるのを待ってる犬に似ていた。


「何オンナみてえな声、出してんの?」


そう告げると潤んだ目が即座に乾いた。

傷つけるような言葉を言ったのはわざとで、俺の言葉を侮蔑と取った次元は顔を逸らした。


「悪かったな。気持ち悪いんだったら塞いどけばいいだろ」

「んなこと一言も言ってないでしょ、直ぐヘソ曲げんなよ」


ぐち、とローションと俺の先走りで濡れそぼった穴を、わざと音を立てて犯してやればビクビクと腰が跳ねる。


興奮した雄が律動のたびに空を掻いて、触りたいと指先がもどかさそうに動くのを見逃さなかった。


「気持ちいいよ、次元。お前のナカは熱いし、柔らけえし。女じゃできねぇ締め付けなんかほんと、イイ」

「うぁ、あっ、る、ルパン、ン、あっ、あぅ…い、いてぇ、よ……!」


痛いと言いながら、突き当たりを責められると薄く開いた眼が体温と同じ涙を溢れさせた。

どんどん視線がとろけていき、あらぬ方向に向かっていく。


「俺が言ってんのはさ」


腰の肉が密着するほど挿入した上で、露わに投げ出された身体を抱きしめる。


「媚びなくていい、って事だよ。わざと女みたいに喘いで、バレバレだぜ」

「ッ、誰がそんなことするかよ…!」


その時の声は造られたものではなく、いつもの次元の声だった。

少し捻くれていて、男っぽい濃い声だ。


「あは、全くもって素直じゃねぇの」


起き上がって投げ出されていた雄の裏筋に中指を伝せれば、押し殺した声が身体の中から聞こえてくる。


「わざと触らないようにしてさぁ。お前、もしかして自分が女の代わりだとでも思ってんの?」


はち切れそうな程硬く、先走りに濡れた皮が滑る余裕もない。

包み込むように撫でて、触られている感触でその形を分からせてやる。


濡れた唇から熱い吐息が漏れ、もっとして欲しいと雄が震えているのに腰を擦り付けて来ない。


「…思ってるわけねぇだろ」

「いいや、女の代わりをしてやろうって態度だぜ、それは」

「そんなの、お前の勘違いだ」


本当に頑固な男だ。

悟られても暴かれても、違うと言い張るのは自分のプライドのためだろうか。


シーツの上に転がっていた指毛の生えた手を取り、自分自身の雄に触らせる。

それから俺の手で握るように固定したまま、激しく擦らせた。


「や、やめろよ、でちまう…!」


空いた方の手で俺の肩をおし、眉根を寄せた余裕のない必死な目を俺に向けてきた。

射精を我慢している時の、快楽に抗う顔がイイ。

女には出来ない表情で、腰の骨髄が煮えたぎるような興奮を感じた。


「いいから出せよ。なんなら口でやってやろうか?」

「ぐ、う、くそッ…意地、が、悪いんだよ…ッ」


悪態を吐いて俺の肩に爪を立てようとした時、カリ首で前立腺を薄い肉越しに抉り上げてやった。


「あぁあッ……!あ、う、ちく、しょ…!」


ごぽりと溢れた白濁が痩せた腹の上に飛び散り、臍のくぼみに溜まる。

次元はぐったりと脱力して、荒く息を吐きながら四肢をシーツの皺の上に沈み込ませた。

萎えた雄は随分としぼみ、横倒しになって白濁にまみれている。


「は、まだヒクついてるじゃねえか。よっぽど我慢してたんじゃねえの?」

射精が終わってもきゅうきゅうと締め付けてくる穴を味わうように腰を振る。


「や、やめろ…」


額にかかった長い前髪を指先で避けてやると、見ないでくれと言いたげに目を伏せた。

涙に濡れた睫毛同士がくっついてしまっている。

唇の端からは溢れかけた唾液が見えて、それを飲み下す喉をじっくりと眺めた。


「俺はさ、次元」

喉元に吸い付いて痕を残すと、唇から重くくぐもった響きが伝わってくる。

つけたばかりのキスマークの隣には、つい昨日つけた痕が残ったままだった。


「セックス中の演技もなくはないと思ってるよ。でもさ、そういうのは最初からお芝居って分かってる時だけだ」


昨夜は今日と同じように、酒を飲んでソファーの上でとろけ合っていた。

その時はあまり声を出さず、快楽に耐えている次元を抱いていた。


「途中で始められるとびっくりするぜ」


突然女のフリなどして、こいつの中で何があったのか。

ああ、そういえば昼間は出掛けていたっけ。

そこで何か言われたか見たのだろうか。


寡黙で余計な吐露をしないこの男は、たまに勝手に一人で考えて、的はずれな答えを出す。

仕事の時は阿吽の呼吸よろしく、俺が求めることを寸分の狂いなく熟してしまうのに、こういう時だけはそうだった。


次元は少しだけ目を開いて、俺を睨んだ。


「悪なったな…大根役者で」


帽子を傾ける時のクセで前髪を撫で下ろす。

雄弁な眼を隠そうとするのは賢いが、吹けば飛んでしまう鎧は愚昧だ。

下ろされた前髪を掻き分けて眼を晒すと、またまぶたと唇を結んでしまう。


「まぁた拗ねる。お前、意外と言わなきゃ分かんない男だよな」


睫毛の生え際にキスをした後に、舌を唇の中に差し込んでとろみのついた咥内をかき混ぜた。

「ン…、はっ……んん」


深く熱いキスの時だけは素直で、俺を受け入れるように舌をくねらせ吸い付いてくる。

顔を離すと物欲しげに俺を見上げて、唾液で濡れた唇を舌先で舐めた。


「女のフリなんて、俺は求めてないんだよ。お前なりの気遣いだったんだろうけどさ」


この男に不器用に愛されてる感覚は、いじらしいに尽きる。

他の人間だったら苛ついてしまうそれも、この男相手なら愛しさを覚えられずにいられなかった。


前髪に掌を当て、そのままうなじまで滑らせて頭を撫でた。

表情を隠せなくなった次元は否定こそしなかったが、唇を薄く開けたまま言葉を喉で惑わせている。

もうひと押ししてやらないとダメらしい。


「作らなくていい、お前が感じたことを素直に伝えてくれよ。それが俺とするセックスだろ?」

「…わかってる」


わかっちゃいないくせにという言葉は口に出る前に殺してしまう。

指を絡め合うように手を握り、シーツの上に押し付けた。


「んん、んっ、ぐ、んぅ…!」

奥に突き当って音がなる程重く激しく突いてやれば、くぐもった嬌声を漏らして身を捩らせる。


「次元…男のお前が俺に犯されてるってことを、忘れるな」


そっちの方が、お前も感じるだろ?


そう囁けば小さく喉を鳴らして、ナカが吸い付くように締まった。










end