-真実の壺-
その時、俺達は厄介な敵に追い回されていた。
それは先日盗みに入ったマフィアの連中で、かれこれ1週間、朝から晩まで、晩から朝までと休むヒマがなかった。
近辺のアジトというアジトは抑えられてしまっていたが、ルパンは焦る様子もなく、隣国へ俺を連れてきた。
そこにはアジト、というよりガラクタ置き場があり、しばらくそこに身を潜めようという事らしい。
夜中に辿り着いたそこは錆びたトタンのガレージで、古びた車のカバーが埃をこんもりと被り、白熱電球がポツリと1つあるだけだった。
「次元、この下だぜ」
色褪せたデトロイトを二人で埃を舞い上げながら退かすと、そこには四角い鉄の扉があった
「しばらく使ってなかったからなあ。食料は期待すんなよ」
扉を開けたルパンが中に吸い込まれたのを確認して俺も続く。
中は狭いコンクリートの地下倉庫だった。
四畳半程度の広さしかないスペースに、いくつか棚が積み上げられているせいでやたらと窮屈だ。
棚にはいくばくかの缶詰と水、キャンプ用の寝袋と、その他ガラクタがあるだけだった。
俺は缶詰を手にとって製造年を見る。
それは10年ほど前の日付けで、ギリギリ行けるかと乾いたパンのフタを開けた。
ルパンは自分の寝袋の上に座ってミネラルウォーターの瓶のフタを歯でこじ開けていた。
そのまま何を話すわけでもなく、俺も隣に座って缶と瓶を交換しながら食事をする。
ルパンが静かなのは、きっとあの連中をどうやって撒くか、あるいは潰してしまうか、それを考えることに集中しているからだろう。
「これからどうする?」
缶を2つほど転がしたところで尋ねると、セピア色に染められた男が自らのうなじを掻く。
「まあ、何とかなるでしょ」
それだけを発して、唇を結ぶ。
俺は言葉を返さず、もう一つの寝袋を引きずり出してルパンを押し退けた。
その拍子に身体が棚にぶつかり、上から箱が落ちてきて角が頭に刺さった。
「いでっ!」
帽子を外して触ると、突き刺さるような痛みを感じた。
箱はルパンの寝袋の上にダイブして、物言わず転がっている。
なんの変哲も無い長方形の木箱だったが、何かが入っているのは痛みからして間違いなかった。
「大丈夫け?」
「ああ…何が入ってやがるんだ、これ」
箱を拾い上げ蓋を開けると、褪せた朱色の、陶器製の壺があった。
「お宝か?」
中身を取り出して見せると、ルパンは何かを思い出したように壺を手に取る。
「あー、こいつは〝真実の壺〟ってやつだ」
「なんだそりゃ」
「古代ローマで作られた、嘘発見器と言ったところかな。壺の中の精霊が嘘を食うんだと」
「にわかには信じられねえな」
「死者の書の天秤みたいなもんさ。からくりはどっかにあるんだろうぜ」
いつだったか、それをやらされて荷物を根こそぎ奪われたことを思い出す。
そのことがキッカケでこいつと墓場で出会った。
女癖の悪いやつは嫌いなのに、どうして組んでしまったのか。
あまつさえ、身体までゆるしてしまったのか。
居場所として丁度良かった、ということが真実だろうか。
殺し屋を廃業した俺が生きていくには、悪くないものだった。
だが、セックスまでにその理由をつけたら、それは嘘だ。
だが、その嘘の裏側が何かを知る気にはなれない。
「嘘を暴くなんて、余計なことだぜ」
俺がそう呟くと、ルパンはおっしゃる通りでと言いながら懐から紙とペンを取り出した。
「だがよ、結構これが面白いんだぜ。例えばな…これ、次元はどっちだと思う?」
ルパンから差し出されたメモを見る。
〝俺は嘘をつかない〟
鼻で笑って、紙を返す。
「真っ赤な嘘だ」
「そ、真っ赤な嘘だ。そしてこれを壺に入れる」
指毛の多い指が紙を壺の中に落とし、ルパンは俺に壺を差し出した。
受け取ったはいいものの、何をすれば良いのか分からない。
「逆さにしてみ」
「…ん?引っかかってるのか」
落ちてくるはずの紙はいくら振っても出てこず、手を突っ込んでも探り当てられない。
「そいつは嘘を食っちまったのさ」
「嘘つけよ。お前が手品か何かしたんだろ」
「ならお前が入れてみろよ」
メモの切れ端とペンを差し出され、それを奪って文字を書きつける。
〝真実の壺は存在しない〟
「疑り深えなあ」
呆れたように言う声を無視して、紙を壺に落とす。
逆さまにしても、何も出てこないということは嘘だということか。
中をのぞいても、弱い光に底が反射するだけだ。仕掛けがあるようには見えない。
「ほらな」
「絶対に信じないぞ、俺は」
壺をあちこちから覗き込んでいると、ルパンがおかしそうに笑い出す。
「なあ、ちょっとしたゲームをしようぜ」
そう言って俺から壺を取り上げて、指の先に立ててぐらつかせて遊ぶ。
「何を賭ける?」
「そうだなぁ…負けた方が囮になる、ってのはどうだ」
「囮?なんのだ」
「ほら、ここって密室だろ。万が一あいつらに踏み込まれた時に、どっちかが囮になって出ねえと。倉庫が棺桶なんてごめんだろ?」
そりゃそうだ、と返しつつ俺は了承の意を込めてペンを返した。
「ルールは?」
「嘘か真実か、見破った方が勝ちだ。お互い2回勝負で行こうぜ」
そう言ってペンを受け取り、何かを書いてメモを千切り離す。
そうして俺に渡した。
折りたたまれた紙を開けると、印字したようなクセのない筆跡がある。
〝俺のポケットの中には煙草とライターが入っている〟
通常に考えれば、当たり前のことだった。
だが外でこいつが最後に煙草を吸った時、俺に火を貸せと言ってきた。
落としたのか、オイル切れなのか。
俺も一度落としてしまい、ポケットライターを買ったのを思い出す。
俺は少し悩んだ後、『Lie』に賭けた。
そして壺に紙を入れてから、ひっくり返す。
紙がポトリと落ちてきた。
「残念でした。ほら、この通りどっちも入ってる」
ポケットを探り、青い箱とゴールドのジッポを親指と人差し指に挟んで俺に見せる。
舌打ちして、紙とペンをひったくった。
こいつと駆け引きで勝負するのは大分不利だが、俺だってやられているばかりじゃない。
〝俺は日本生まれだ〟
そう書いてルパンに見せた後、壺とメモを投げた。
俺は日本人だが、日本生まれだとは一言も言ったことはない。
アメリカ人でも、生まれはロンドンというやつもいる。
かくいう俺だが、絶対的自信があるわけじゃない。
多分日本で生まれている。
ルパンは少し俺の目を見やった後、『Truth』と囁く。
壺の中からは紙が溢れてきた。
「んふふ、また俺の勝ちだな」
「チッ」
俺は連続で負けた腹いせに壺を投げ渡す。
「熱くなるなって。ただのゲームなんだからさ」
カリカリとペンで書きつけたメモを俺に放り投げる。
〝お前の奥歯に発信機をつけてる〟
その文面にギョッとして、自分の頬を触る。
いつだったか、奥歯の虫歯で呻いている俺に痺れを切らしたルパンが、歯医者に連れてったことがある。
その後、歯を引っこ抜き義歯を入れた。
仕込めるとしたらあの時しかなかった。
本当だったら蹴ってやると考えながらも、『Truth』と呟く。
「Tooth?」
「Truthだ!」
分かってて聞き間違えたフリをするなと言うと、カカカとルパンが気に触る笑い声を出す。
「壺に聞いてみな」
言われなくてもと紙を壺に落とす。
そしてひっくり返すと、紙が落ちてきた。
この野郎!と脛を蹴ると、ルパンが痛い、ボウリョクハンタイと喚く。
「勝手に俺の身体に変なもん仕込むのはやめろ!」
「だあって心配じゃん?俺に何も言わないで出掛けちまうしさ」
「そうだとしても一言聞けよ」
「イヤって言われるのが分かってるのに、わざわざ聞くかよ」
クソ、と悪態を吐くが今無理やり引っこ抜く訳にもいかず奥歯を噛みしめる。
ルパンは壺を俺から取り上げて壁に寄りかかり、煙草に火をつけた。
「次はお前の番だぜ」
メモとペンが上から飛んできたのをキャッチして、しばらく考え込む。
どうにかしてこいつに一泡吹かせてやりたい。
迷った上で、二つ折りにしたメモを横に投げる。
ルパンは人差し指と中指でそれをキャッチして、中身を見た。
〝お前の女とキスしたことはない〟
そう書いてやった。
実際はキスをしたというより、睡眠薬を飲まされただけだが。
ルパンと呼ばれる男は感情を消した顔でそのメモを読んだ後、目玉だけを動かして俺を見る。
怒っているのか、違うのか判別のつかない冷めた目だった。
そして煙草を口の端に咥えてニヤリとした後、『Truth』と口にしてから壺に紙を入れる。
だが、逆さ吊りにされたツボが紙を吐き出すことはない。
狭い額の下にある黒い眉が、シワを刻むのが見えた。
「あら、負けちまった。困ったな、勝負がつかないじゃねえか」
ルパンは壺を床に置き、おもむろに立ち上がった。
何をするのかと見上げると、突然肩を掴まれ身体を棚に叩きつけられる。
ガタガタと棚が揺れ、缶やガラクタが落ちてきた。
「困るなぁ次元。勝手に他のもんに手出されちゃ」
「んだよいきなり…!それに、俺からした訳じゃねえぞ」
「不二子からキスされたって?いつ?どこで?」
煙草の火が触れそうなほど顔を近づけて、怒ったように俺を見据える。
「あいつが俺の銃を盗もうとした時だよ。俺が当時いた組織でな」
「ふーん、ついでにセックスもしたわけ?」
「あんな女、頼まれたって抱かねえよ」
あらら、そんなこと言ったら怒るぜ、あいつ。
そう言い切った後、身体が解放される。
過去にルパンが俺に怒っても、手を出すことはほとんどなかった。
それだけ癪に触ったということだろう。
俺はこいつを揺さぶれた気がして満足する。
帽子を被りなおし煙草に火を灯す。
棚に寄りかかり、肩についた埃を払った。
ルパンは短くなった煙草を唇に挟み、俺に折りたたんだ紙を差し出した。
「んだよ、まだやんのか」
「まだ勝負はついてないぜ、次元」
白々しいウインクをする思惑は読めない。
手の中のメモに目を落とすと、顔が引きつった。
〝お前は俺とセックスしたい〟
「なあ次元、どっちだと思う?」
煙草を壁に押し付けて消し、吸い殻を角に捨てながら俺に問う。
「…意地が悪いのもほどほどにしろ」
もし俺が真実だと言えばこのゲームに勝てる。
だが、本当のことだと言えばまるで俺が欲しがっているかのように取られてしまう。
嘘だと言えばゲームに負けて、七面倒くさい輩を相手に囮になるハメになる。
どっちに転んでも俺が得をしない状態で、帽子を抑えて顔を隠した。
そもそも俺自身が答えを知っていることを訪ねるなんて、ゲームの趣旨を無視している。
「Truth、だろ」
あの連中相手に囮になるのは嫌で、半ば諦めた声で答え壺にメモを入れて天地を返した。
ふわりと紙が俺の足に落ちる。
それを見届けたルパンが、突然俺に両手を広げて抱きついてきた。
「せいか〜い!」
「ばか、危ねえ」
煙草が寝袋に落ちたらどうすると、コンクリートの床に押し付けてもみ消す。
「次元ちゃんに負けちまうとはなあ」
「…お前がわざと負けたんじゃねえか」
「勝っておいて文句言うなよ」
おもむろに顎を掴まれてキスをされる。
唇を固く閉じているのに、荒々しいキスを何度もされて唇の肉が少しずつ引きずり出される。
「お、おい、こんなところで出来るか」
「まだキスしてるだけじゃない。せっかちだなあ」
「だってお前が、んッ」
お前がその気なんじゃねえか、と腹に押し付けられるそれを指先で押し返す。
「なぁに?触ってくれんの」
「バカ言うな、お断りだって言ってるんだよ」
「さっきはしたいって答えてくれたじゃん」
問答無用と言わんばかりに俺のシャツのボタンを外して古傷に沿って肌を撫でてくる。
その後には、時折腹の皮を唇の間に挟んで啄んだ。
「時と場所を考えろよ、いつあいつらがここを見つけるかも分からないんだぞ」
乳首を摘まれて思わず身をよじり、拒否していると伝えた。
それなのに、その抵抗を解くようにルパンがやたら優しくキスをしてくる。
「お前が大声で喘がなきゃ大丈夫さ。ま、そうさせない自信はないけど」
こうなったら、こいつは誰にも止められなかった。
無駄な抵抗をやめ、四肢を投げ出すと猿顔が俺を覗き込んでくる。
「もう抵抗すんの終わり?早過ぎない?」
「無駄口聞くな。サッサとすませろ」
「色気ねえなあ。あと可愛くねえ」
「俺がどうしてお前に媚び売らなきゃいけねえんだよ!」
俺が怒鳴ると、ルパンは黙った。
だがにやけた顔のままで、癪に触る。
「素直になって欲しいだけだよ。どうしてそう捻くれた方に取るかな」
唇が俺の頬の皮膚に当たる。
湿った舌先が目の端を濡らした後、無抵抗を決めた唇の間から入ってきた。
「なあ、次元。俺とのキス、好き?」
熱っぽい、欲情していると分かるように味蕾と粘膜を擦り合わせてきて、唇を少し噛む。
「……嫌いじゃねえ、よ」
男とキスしている。
その事実以外は、嫌いじゃない。
俺は少しだけ舌先を絡ませてルパンの息を吸う。
「気持ちいいこと、好き?」
「は、当たり前のこと聞くなよ…」
そりゃあ好きに決まってる。
こいつとのセックスは悪いものじゃない。
ただ、不毛なセックスなのにこいつはいつも愛を交えた戯言を言うから、それだけは嫌いだ。
少しだけ、脚を開く。
「俺のこと、嫌いじゃないでしょ?」
そこだけは好きかと尋ねないのか。
心底狡いと思う。
そうやって都合のいい真実だけ選んで並べて、俺を誘導していく。
どこに連れて行くのかさえ教えやしないのに、俺を深みにはめようとしている。
文句も言わず、手を引かれる俺も俺だが。
「そんなの、もう知ってんだろ」
今のこの感情が、暗い穴の中を覗いて落ちようとする気分なのか、中身に期待を寄せる包みの中身をのぞいている気分なのか。
何が真実で、何が嘘なのか。
感情に白黒つけるのは難しい。
だがそれでよかった。
ルパンは飽きもせず髭面の俺にキスをして、背中に手を回す。
肩甲骨を下から上へ流れるように撫でて、そのまま抱きしめた。
「…俺も一つ聞いていいか」
「もちろん」
「お前はこんなことして、何が楽しいんだ?」
野郎にキスやハグなんかしてよ、俺なら絶対ごめんだね。
そう付け足すと、身体を離して俺の目を見つめる。
瞳というものは嘘をつけない。
ブレない視線と、瞬かない瞼。
答えるのは目の前の男だと言うのに、俺の方が視線を外したくなる。
「俺以外に余所見されると腹が立つからだよ。お前は俺のもんだろ?」
「…そうかよ」
俺はこいつにとってのペットみたいなものなんだろうか。
可愛がるだけ可愛がって、飽きたら捨てられるような。
そう考えると気持ちが萎えていく。
顔を背けて、やるなら早くやれと自分のベルトのバックルを外した。
ルパンは少し驚いた後、苦笑した。
「なんだよ」
「お前はどうなのかと思ってさ」
ボタンが外され、チャックがじわじわと下ろされる。
「俺は…」
どうしてキスをされても、ハグをされても、抱かれようとしても拒めないのか。
愛してるからとかいうふざけた理由じゃないとは思う。
嫌じゃないから、その先の感情が俺にも分からなかった。
「分からないなら、俺が答えを教えてやろうか?」
ルパンが起き上がって、俺を上から見つめる。
前を全て肌けさせられた俺の姿を見て、唇の端を舐めた。
ゾクリと背骨が甘く痺れる。
「まずはさ、勝手にオモチャになろうとするのは止しな」
「…どっちだっていいことだろ」
「いいや、よくないね。俺は遊びで男なんか抱かないの」
真っ直ぐに俺を見て話す。
その姿に、鼓動が勝手に跳ねた。
抱きしめられている時じゃなくて良かったと、顔を見られないように帽子を抑える。
「…嘘つけよ。こんなの遊びだろ」
「本当にそう思ってる?ちゃんと目を見て言ってくれよ、次元」
顎を親指と人差し指で挟まれて、上を向かせられる。
「…勘弁してくれ」
俺の感情に答えを出させるなよ。
その言葉を留めたまま、唇を迎え入れた。
オマケ
「な、さっきは負けた方が囮になるって言ったけどさ。あれやっぱりやめてジャンケンで決めない?」
「賭け事でルール変更はご法度だ」
「んふふ、だってこういうことだぜ」
「昔作ったもんでな、このスイッチを押すと底にしまわれる仕組みなんだ。ちなみに、棚の裏には隠し通路がある」
「お前が不二子にキスされたのだって最初から知ってたさ」
「こっ…のやろう…!」
「怒らないでよ、このとーり」
「知るか。大嘘つきめ」
end
あとがき
ショーンポールのNo lieを聞いてたら浮かんできた話です。無駄に長い。
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ヨルコ (月曜日, 07 10月 2019 00:54)
初めまして。Twitterから飛んできました。
どのお話も最高で、今日ずっと拝読しています。
とても素敵です。特にル次前提の銭次にドキドキしました。書き方がとても格好良いです。
次のイベントご参加ありましたら告知くださいませ。